寒い。プラタナスの葉が散りつもる公園を歩いてオランジュリーに入る。意外に小さな美術館だった。しかし、モネの水蓮の絵は素晴らしかった。本当に池の中に立っているような気さえしてしまう。この色の 輝き。モネは晩年に、とうとうここまで達したのだということが初めて分かった。余りに上野の水蓮がひどいので、今まで晩年は単に駄目になっただけだったと愚かにも思っていたのだ。ここは今回の(パリの)1つのハイライトだったと言えるだろう。
美術館を出てから、公衆電話を掛けようとするが、何とカード専用である。仕方ないので、タバコ屋でカードを買う。もう一度戻って、まずは沼田氏に掛ける。頭が働かないようで、ともかく2時間後、家に来てくれと言われる。もう 1人、父の友人へ掛けると、こちらも5時までに会社に顔を出してくれといわれる。やれやれ忙しい。
とりあえず1時まで暇をつぶすべく、ルーブル前の大美術商街のウィンドウを見て回る。金持ちは一日にして成らず、と思う。これだけのものを選ぶ楽しさを持った(つまり、金と教養を持った)日本人が果たしてどれだけいることやら。真の金持ちになるのは大変なことである。
1時に沼田氏の所に行く。正体はシンセサイザーのミュージシャン(作曲家)というところらしい。仕事が非常に忙しく、泊まるのは無理だということになる。が、ともあれ、サンドイッチをごちそうになり、映画について暫く話す。ミルクティーを1日にマグカッブで25杯飲むなど、なかなか変わった人である。
次にもう1人の長尾氏を訪ねると、とりあえず、今日は泊まっていってくれと言われる。勿論、今泊まっている宿の代金はそのまま払わねばならず、何だかもったいない。
2時間後に、一雨降って映画的な夜の街をもう一度会社まで行って、そのままタクシーでアパルトメントに向かう。くつを脱いで上がるのもさることなから、日木食など久し振りも久し振りである。非常に親切にしてくれるが、このアットホームな雰囲気にかえって緊張して、夜、なかなか眠れない。
・
睡蓮 …オランジュリーの睡蓮の間を頂点として、残りは単なる未完成品とする考えは古い、とも言えるのだが、どう捉えるにしろ、上野の(西洋美術館の)睡蓮がパッとしない絵であることには変わりがない。
・沼田氏 …友人の知人の叔父さん。何だかよく分からないが、パリに行ったら泊めて貰え、という話になっていた。
・長尾氏 …父の友人。証券会社のお偉いさんだった。何だかよく分からないが(以下略)
写真:6 Paris