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 モナスターボイス、ニューグレンジ、タラ。

 今日はダブリンより北側を観光。昨日同様、良い天気。アイルランドらしからぬ、日本の夏のような(蒸し暑さのある)暑さ。一年の中にこういう日があるようになったのはここ十数年の話で、つまり、これは異常気象らしい。

 最初の目的地はモナスターボイス。ここでは6mもある巨大なケルト十字を眺める。ケルト十字とは十字に円を組み合わせた形の石造の十字架で、円塔同様、この国を代表するシンボルの一つ。前面と背面に聖書の各場面を示す絵が彫られているのは、民衆に対する絵解きとして理解出来るとしても、側面が渦巻きのデザインに満ちているのはキリスト教からはおよそ説明不可能で、ケルト的な文化がアイルランドのキリスト教に無意識的な影響を与えた例としてケルト写本(昨日の「ケルズの書」とか)と並んで、よく挙げられる。中心の円については、木で作られていた時代の補強部分の形が受け継がれたという説と、古来の太陽信仰が十字架信仰に重なっているという説が有るようだ。

 見ていて、この感じは何かに似ていると思ったが、暫くして、ようやく気が付く。庚申塔を眺める時のあの感じだ。勿論、歴史的には全然違うものだけど。石に刻まれた何かが、歴史的な感覚を呼び起こすという点で、小学生の時感じた(当時、学校の「郷土クラブ」で地元の庚申塔や横穴式古墳とかを見に行っていたのだ)あの感覚に近い。

 敷地の隅には、クロムウェル軍がアイルランド全土を蹂躙する際に、行き掛けの駄賃に(何故か一つだけ)倒して行ったというケルト十字が立て直してある。これは彼らの行ったことの中では一番どうでも良いことの方だが、本当に酷い連中である。宗教的大義名分を掲げた軍事力ほど、端から見て「極悪非道」な存在は無いわけで。十字軍とか。

 今日は何かの祝日というわけではないのだが、休暇を推進する意味で、年に何回かある月曜日の休日(3連休とするための)らしい。ハッピーマンデー構想の元ネタみたいなものか。こちらでは、Bankholiday、と呼ばれているらしい。

 ニューグレンジに着く。ここはケルトより古い先住民族の遺跡。ストーンヘンジ等と同様、巨石文化の代表的な遺跡で、見た目は円形の古墳の一種。年代的には約5500年前のもの、即ち、ピラミッドよりも500年は古い、ヨーロッパでも最古の遺跡の一つ。当然ながら、世界遺産にも指定されていて、保護のため、観覧制限が非常に厳しい。指定された時間に数十人だけが、ビジターセンターからミニバスで遺跡まで連れて行かれ、そこで更にその半分ずつが交互に中に入って説明を受けるという形になっている。

 予約した団体は、少し離れた駐車場でそのままバスに乗って待っていること。係員が時間にセンターまで呼びに来るので、勝手に来てはいけない。ましてや電話を掛けてきてはいけない。と非常に煩い運用規則も有るとのことで、駐車場で大人しく待っていたのだが、来る気配が無い。しびれを切らした運転手が電話をして、怒ったのだが(PJ氏という、非常に真面目で温厚な人なのだが、この時はキレていた)、埒があかないので、センターまでそのまま向かう。来なかったのはどうやら係員の怠慢だった様子。どこでもお役所というのは… しかし、予定していた時間は既に満員ということで、それより30分遅い「12.15」発の丸いシールを受け取る。このシールを身に付けている者だけが入場出来ることになる。

 草原のような小さな丘の上にお椀を被せるように遺跡が有る。まずは入り口前でレクチャー。この入り口を塞ぐように、手前に置かれた大きな石の前面全体に彫られているのが、有名な渦巻き模様。ぐるぐる。人間は5千年前からぐるぐる使いだったんだ、と訳の分からぬ感想を頭に浮かべる私。一通り説明が終わると、今度はいよいよ中へ。狭い通路を潜っていく時のこのワクワク感は一体、何だろう、と改めて不思議に思う。…月並みだけど、やはり子宮の再体験?

 中は割と狭いが、天井は思ったよりも高い。大小の平べったい石をどんどん積み重ねて作ったカマクラのような空間だが、今でも雨は一滴も染みこまないという。中での説明が済むと、ここでのハイライト。入り口の上に設けられた穴から、冬至の前後だけ、中の玄室まで光が差し込むのだが、それを再現して見せてくれるのだ。

 レンジャーのおばさんが(残念ながら、「美人のお姉さん」ではなかった)入場者を両側の端に寄せて、真ん中に空間を作ってから、明かりを消す。ふっ、と濃い闇が目の前に広がる。「暗い」という以上に「濃い」闇。時間の感覚自体が無くなったような錯覚 に襲われる。この闇が、例え5千年前の世界に繋がっていたとしても少しも驚かないに違いない。その闇の中へ、冬至の光(を模した光)が地面の上に徐々に伸びてきて、玄室の中心まで届く。光そのものは強くはないが、当時これを目にした人達の感動はいかばかりであったかというのは、想像出来る気がした。

 冬至の時期に来れば、本当の光が差し込むのを見ることが出来るわけだが、望む人が多いため予約を取るのは非常に困難ということで、運転手のPJ氏は15年間、申し込み続けてようやく冬至の日に見る機会を得たとの話を後で聞いた。非常に感動したそうだが、それはそうだろうな、と思う。

 ニューグレンジを出て、スレーンという、通り1本しかない小さい町で昼食。ジャガイモとネギのスープ。ホワイトワインソースを掛けた鱈とサーモンのグリル。付け合わせはジャガイモ、ニンジン。デザートは果物。ラガービールを半パイント。

 あの爺さんとテーブルを同席。ヴァイキング襲来の度に修道士達が殺された所が自分の読んだアイルランド史の中で一番可哀想だと思った、といった話を聞かされる。…一番じゃなくて、そこまでしか読めなかっただけでしょ? 飛行機で、ひっくり返っていた以外の僅かな時間に新書(「物語 アイルランドの歴史」?)を少し読んだだけなのは、隣にいた私には明白なんですけど。

 無知と無教養に平然していられるその態度(なのに口数が多い)に少しうんざりして、そんなのは、悲惨な出来事にこと欠かないアイルランド史の中では筆頭に挙げるようなことではないです、と正し、よく知っているねと単純に感心する爺さんに、最低限の理解のために今回、一ヶ月間、毎日一冊くらいは読んできましたから、と嫌みまで付け加えてしまう。しかし、結果として更に単純に感心されただけで、効果は無かった。というか、放っておけば良いのに、余計なことを言ってしまったと、しばし後悔。まだまだ人間が出来ていませんね、私は。

 食後、通りで、向こうから歩いてきた、この町のおじさんからいきなり話し掛けられる。え、何々? 途方に暮れていると、向こうから握手を求めてきたので、握手を交わして別れた。おじさん、ごめんなさい 。何と言ったのか全然分かりませんでした… 店か、宿の宣伝?

 今日最後の目的地、タラの丘へ。天気がよい、というか暑い。30度近いのでは? …アイルランドにいるんだよね? ここはアイルランドの古くからの聖地。王の中の王(high King)を決めるとか、何か重要な決定をする時にはここに全員集合、というような場所だったらしい。日本で言えば、高天原とか高千穂とか、そんな感じ?

 ヴィヴィアン・リーが大根を囓りながら「明日、タラに帰るわ」と誓うラストシーンで終わる「風と共に去りぬ」のあのタラも、元はといえばここが語源。アイリッシュ移民であるスカーレット・オハラの父が、アメリカでようやく手に入れた土地に、故郷の聖地である「タラ」を名付けたのだ(ということを理解していないと、あの物語は実はよく分からない)。というわけで、アメリカに移民した子孫がアイルランドに里帰りの観光に来ると、必ずここタラを目指すらしい。余談だが、別の作者が書いた続編「スカーレット」では、彼女は、アイルランドへ移り住んで、このタラの近辺に土地を持つという話になるのだとか。

 まぁ、それはともかく、実際のタラの丘は、単なる「だだっ広い丘」である。見晴らしが良いのは確かだけど。ちょっとした丘(古墳だと思う)と、棒状の石が建ててあるくらい。石は 「ファロの石」と言って、王を決定する際に使われたらしいとのことだが、要するに、リンガかと。のどかといえば、のどかな場所だ。

 草原の一隅に、聖パトリックの像。ここタラは、この国にキリスト教を広めた聖パトリックが、シャムロックの葉を手に、当時の王に三位一体を示した伝説でも有名なのだ。古くからの宗教的な聖地をイベント会場にして新しい宗教を広めたということだろうか。

 ちなみに、シャムロックとは、シロツメクサの花が咲いたら、さぁ行こうラスカル、のあの草。小さめのクローバーである。もっとも、テリー・イーグルトンに言わせれば、アイルランド人は小さい三つ葉なら全てシャムロックと捉えているとのことで、実際には数種類の葉がそう呼ばれているようだ。

 日本では、「四つ葉のクローバー」の方が幸運のお守りとして人気だが、四つ葉というのは、発芽過程における異常が原因なので、ひどく踏みつけられたりして、芽が痛めつけられる場所では割と多く見付かるらしい。学校の校庭とか。…そう聞くと、有り難みが無くなるけど。 こういうのって、出来ることなら「知らない方が良かった」知識の一つ(なら、何故書く)。

 聖パトリックの話に戻ると、ケルト人とは元々3が大好きな民族だった。女神等も、本来同じ神が3神に分割されるとか。そんなわけで、シャムロックの葉を指して、3つなんです、三位一体です、と力強く言われれば、それなら正しいに違いないと、教義はともかく何となく納得してしまったのではないか、という気がしてならない。

 そんなわけで?今やアイルランドの土産物にはことごとく、シャムロックの模様が書き込まれている。まさに、聖パトリックさまさま、である。

 ところで、この地を説明する際に、添乗員は「ドルイド教」という言葉を使っていた。この「ドルイド教」という言葉は、やや古いケルト関係の解説書にはよく出てくるのだが、私は最初に見た時から、この言葉にはどうも違和感を感じている。というのは、ドルイドとはケルトにおける神官階級を指す言葉であって、高い権威は持っていたものの決して神そのものではなく、信仰の対象では無いからだ。言ってみれば、神道ではなくて、禰宜教とか、神主教とかいうような言い方。 ケルトの場合、文字による記録がないため、信仰対象がよく分からないということはあるのだが、余り適切な言葉ではないと思う。

 もっとも、「巫女さん教」なら、現代日本に少なからぬ数の「信者」がいる気もするけど。それはまた別の話。

 国の真ん中へバスで移動を続ける。ずっと車窓から景色を眺めていて、ここアイルランドでは、土地の使い方は主に3通りであることが分かる。羊を放牧しているか、あるいは牛を放牧しているか、さもなくば馬を放牧しているか、である。放牧しかないのか。

 今夜泊まるアスローンのホテルに辿り着く。湖の横のリゾートホテル。湖岸は子供連れの家族で大賑わい。子供達は湖の中に足を踏み入れて遊んでいる。大人達の肌はピンク色に日焼けしていて見るからに痛そうだが、こっちの人達は日光浴大好きなので、それぐらい問題じゃないのかもしれない。

 ホテルのレストランで、食事。レバーパテ。アイリッシュシチュー(羊肉、玉葱、セロリ、ジャガイモ、パセリをシンプルに煮込んだ塩味のスープ)。チョコチーズケーキ。ギネス半パイント。付け合わせのジャガイモが、ふかしたものと潰したもの、と何種類かが山盛りになって出てくる。ふかしたものが特に美味しい。ホクホク感を重視するのは日本とアイルランドだけ、とはどこかで読んだ話だが、これだけ美味しいジャガイモは日本ではそうそう食べられないよなぁ。

 …などと言いながら、食べ終わってみれば、満腹状態。どう考えても、食べ過ぎだ。普段より2倍くらい多い気がする食事に加えて、毎食の巨大なデザート、滋養に良い(という話である。こちらでは産婦人科では産後の母親に毎日出るとか)ギネス。このままでは大変なことになってしまう!と突如、不安に駆られて、ホテル沿いを45分ほっつき歩く(夜9時を過ぎているが、緯度が高いので、全然暗くない)。ともあれ、明日からの節食を固く誓う。

 ホテルに戻ってくると、結婚式の披露宴で賑わっている。部屋に戻ると、すぐに意識を失い、12時頃、起きる。…普段飲まない分、アルコールに弱くなっているのかも。TVのSky Newsでは、Two Girls Missingというニュースを繰り返し放送している。


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