Novel


Novel review


7.「魔法飛行」 9/15

加納朋子 Book 93年7月 1400円 東京創元社

短編を紡ぎ合わせることで、感動的な長編ミステリを描き出す名手、加納朋子のデビュー後第一作。鮎川哲也賞を受賞したデビュー作「ななつのこ」の続編でもある。

「論理<ロジック>じゃない、魔法<マジック>だ」(帯の有栖川有栖の言葉)

 

たまたま読んでみた本が、いつも通い慣れた自分の住む街を舞台にしていたとしたら。しかも、現実にはぱっとしないその街の風景を背景に、きらきらと輝く物語を描くことが出来ていたら。その驚きなしに、この小説を語ることは出来ない。文中では地名が出ていないものの、これは首都近郊の平凡な私鉄駅「相模大野」を舞台にした物語であり、それは当時私が住んでいた街に他ならなかったのだ。

その意味で、この物語は相模大野/町田に住む全ての人に是非とも読んで欲しい一冊といえる。現実を舞台にした物語という奇跡の素晴らしさをまさに体験できるのは、文中の図書館、十字路、プラネタリウムを知っている人なのだから。

とはいえ、この小説が単なるご当地小説に過ぎなかったら、また北村薫の一連の小説の単なる(しかも出来の劣る)コピーに過ぎなかったとしたら(読んでいて最初に思うのが間違いなくその類似性である)、こうやってあえて紹介するにも及ばないに違いない。確かに、この小説の主人公は北村薫の「私」と比べれば、未熟な存在だと思う。しかし、それだからこそ、物語の終幕で走り出す彼女の姿に心を打たれずにいられない。呼びかけたメッセージは、きっと届く。「…ハロー、ジスイズ、エンデバー」 その思いは、小説という「魔法」を信じることが出来る人なら、誰でも理解できる筈だ。

だから、この物語は相模大野という街を知らない全ての本好きな人に是非とも読んで欲しい、と思う。きっと心に残る一冊になるだろうから。

 

最新作「ガラスの麒麟」が発売されたこともあり、私にとって大事な作家の一人、加納朋子について取り上げてみました。ぜひ一度、彼女の「魔法」を体験してみて下さい。「魔法飛行」以外にも「掌の中の小鳥」がお奨めです。


1.「天使猫のいる部屋」 6/22

薄井ゆうじ 小説 初出91年1月 1300円 徳間書店

思いも掛けない角度から生きることの不思議さを示す作品を書き続けている薄井ゆうじのデビュー作。

「僕」がふとしたことで制作に関わった、天使猫と呼ばれる猫を飼うパソコンソフト。作者の死後売り出されたそれは爆発的なヒットを引き起こすが、猫達は突然「エイズ」に掛かって死に始める。一方、「僕」の元には死んだ筈の作者サムから手紙が届き始め……

 

 バーチャルな文化は80年代に流行し、数多のマンガや、アニメで、アンドロイド美少女が都合良く現れたりした。私も例に漏れず、寿命間近の人造犬と、とある研究所から脱走した少女のお話など考えていたことが有ったりした(^^; というわけで、これを最初読んだ時の感想は「先にやられてしまった」だった(^^;

 さて「たまごっち」がこんなにも流行ってしまった今、バーチャルペットの話なんて何を今さらという感じかもしれない。ここにも現実が想像力を超えてしまった一例がある、というべきなのだろうか。しかし、今だからこそ、この小説の意義が分かることもある。「リセット」して済まさせれない人生をどう生きて行くべきか。後半の展開はやや文学的過ぎる(勿論、小説なんだけど)、って気もしないでもないが、機会があったら一度ぜひ読んでみて頂きたい小説&作家。

 

 今のところ、単行本しかないのでちょっと高い&探しにくいかもしれないが、薄井氏の作品は順次講談社文庫で文庫化されているようなので、それまで待つor他の作品を読んでみても良いかもしれない。個人的には、かつて仕事中寄ったこともある、渋谷のプラネタリウムの下階の喫茶店が出て来る「ご当地小説」(笑)の1冊。


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