6th day
(今日の予定) 午前中、プラハ市内観光。午後、自由行動。
- 昨日までと比べ、今日の出発はゆっくり。と油断したせいか、起きてみると6時半前。もはや朝食をゆっくり取る時間も無い。せっかく色々な食材が並べてあったのに(和食まであった)、少ししか食べられず。おまけに、部屋(22F)と食堂(2F)の間をエレベーターで往復する際に、やたらと止まるので、焦る焦る。出発に間に合わないかと思った。
- プラハのガイド。何かについて話した後、くぐもった低い声で「というわけなんですね」と締めくくる。何というか、文学青年的な独特の暗さ。この人も何か別のことをするために、この街に来ているのだろうか。街の中心には、バスや電車の交通機関は入れない。ぐるりと外を回って、川向こうの城へ向かう。
- 城、と言っても、現存しているのは、市庁舎と大統領執務室と、教会くらい。どうも、カフカの「城」のイメージがあるから、どーんと城が聳えているべきな気がしてしまうのだけど。外から見て一見、城に見えるのは、実は教会である。そういえば、プラハでロケした、ソダーバーグ「KAFKA迷宮の悪夢」は、実際の風景に城を合成した、とかどこかで読んだような気がするな… 教会は、パリのノートルダム寺院を模したゴシック建築とのことで、外側は黒く煤けている=ぱっとしない外観。
- が、中に入ると、両壁にずっと埋め込まれた、ステンドグラスの壮麗さに、ため息が出る。最も華麗なのは、勿論、ムハ(よく言われる言い方ではアルフォンス・ミュシャ)のデザインによるもの。チェコのキリスト教受容を描いた図柄。こればっかりは、いくらどこかのデパートとかでミュシャ展をやったとしても決して見ることは出来ないものね。
- ステンドグラスは西日の時が逆光で、一番美しいとの話。ちなみに、今の朝一番は、日本人観光客が多いので「日本人の時間」と呼ばれているそうな。午後になるとドイツ人観光客が到着するので「ドイツ人の時間」らしい。
- 教会を出て、西欧史上最初の多目的ホール(といえば聞こえは良いが、要するに、がらんどうなホール)の外にある見晴し台から、街を見下ろす。プラハの赤屋根の街並みとブルタヴァ側に掛かるカレル橋がやや遠くに見える。
- 王家の紋章はライオン、ということで下の庭では、かつてライオンを放し飼いにしていたらしい。といっても当地は、冬は激寒の地、言うまでもなく冬を越すことは出来ない。ということで毎年、新しいライオンが連れてこられていたのだという。ちょっと可哀想な話だ。
- 城内の一郭にある、黄金の小街。小部屋が続いた石造りの長屋。その内、No.22が、カフカが夜、小説を書いていた部屋とのことで、小説だの写真だのが売られている。当時は、さぞや閑散としていたのだろうけど、今ではすっかり、観光のための小路。京都の三寧坂とかを思い出す。狭い路地に観光客と観光客相手の人だけがわさわさ溢れている。やや、げんなり。
- 外国人の団体を先導している女性ガイドが、ミニチュアのウサギの人形を棒の先に付け、ウサギを掲げるように歩いていたのが、横で見ていて、ちょっとおかしかった。モンティパイソンの映画「ホーリーグレイル」で、聖なる騎士達が、ものすごく凶暴な怪物を退治しに行った時、画面に出てきた、可愛いウサギの人形みたいだ。見掛けに寄らず?実は肉食で、登場人物たちを襲ってくるという、あのウサギ。
- 路の途中にあった人形博物館で「バービー40周年展」が開催中、ということで入り口にポスターが。ぜひ入ってみたかったのだけど… 入る暇がなくて、残念。
- 城は高台にあるので、旧市街へは、崖面に沿ってぐるりと付けられた狭い坂道を下っていく。崖側には、露店が並んでいる。足下は石畳となっていて風情を感じるけど、石はすぐ磨り減るので、実は2年に一回は埋め替えているのだという。そういや、箱根八里の旧街道の石畳は、江戸時代のものが残っているけど、磨り減りすぎていてもはや丸石だものな…
- 平地に下りる。いちごとラズベリーの露店販売を見かける。入れた箱が斜めに立て掛けてある。ラズベリーってそのまま食べても美味しいのかしら。
- カレル橋。築600年の堂々たる、石作りの橋。セーラー服姿の、ごっつい水兵?が橋のたもとで、遊覧船の客引きをしている。空が曇っていることもあって、橋からの眺めは、メランコリーを感じさせる。のは良いのだが、歩行者天国のように、ぞろぞろと観光客が歩いている橋なので、そこに観光地の華やかさ、以上のものを求めるのは、およそ無駄である。
- この橋には、市民をカトリックへ改宗させるための宣伝工作の一環として、カトリックの聖人像が、ハプスブルグ家によって永年、橋一杯になるまで何十体も置かれてきており、美術館のような橋と言われているのだが、その中には、あのフランシスコ・ザビエルの像も。彼が改宗に尽力した、四つの民族、例えば弁髪姿の中国人たち、を象徴する四人が彼を担ぎ上げている。聖人と異教徒の力関係、の分かり易い図式。ちなみに日本人は物の数にも入ってないらしい(その中に入っていない様子)。
- しかし、一番有名なのは、聖ネポムツキー像。撫でると何だか良いことがあるらしく(多分、無病息災とかだろう)。彼の台座のレリーフがピカピカに光っている。北野天満宮の牛を思い出す。私も撫でる(笑)。御利益が有るということにかけては、私は宗教的に極めて寛容である。無節操、ともいう。
- 橋の上では、色々な絵(リアルなものから、デフォルメしたものまで)の行商。それと、色々な大道芸が演じられていた。一番、観客を呼んでいたのはニューオリンズ・ジャズの四人組。城を背景に、カレル橋の上で、バンジョーやサキソホンを演奏している彼らの姿は、いささか奇妙な感じだった。
- 橋を渡れば、旧市街。どれも似て見える石造りの高い建物に、斜めに入り組んだ見通しの利かない路。中欧では珍しく第二次世界大戦による爆撃を免れた、中世の雰囲気を残した世界文化遺産。というわけで、歩くだけでも楽しい地域、と言いたいのだが、狭い路を、ぞろぞろとひっきりなしに歩き回る観光客の姿。…観光客が多すぎる、というのが偽らざる感想。これでは風情とか情緒というものは無いに等しいよ。勿論、私たちも、その一人なんだけどさ。
- とりあえず、広場へ連れて行かれる。ここの大時計が、いわゆるからくり時計で、毎時毎に人形が回転する仕掛けを見ようと、その前に、人が一杯集まっている。他の街に同じ時計が作られることを恐れたこの街の人によって、制作者が目を潰されてしまったという逸話が語られているそうだが、500年も前の時計なので、今見ると、…え?今、回ったの?これでお終い?的なからくりではある。でも、マリオンとかのからくり時計の元を辿れば、この時計に遡るわけで、そう意味では貴重。というか、今もまだその時計が動いているなんて、この街の人達、物持ちが良過ぎ。
- 昼食後、解散。晩は、プラハの名物である人形劇を見ようと言うことで、昨日の夫婦と国立マリオネット劇場(というのが存在するのだ)の前で、開演前に集合することを約束して別れる。
- まずは、ムハ美術館へ。普段見る機会のない、彼の油絵が展示されているのが、見所か。しかし、内容的には質量とも、それほどのものはなく、彼の人生を紹介したビデオを見たのが、あえていえば成果。チェコ独立のための精神的支柱を果たそうとした芸術家、という面が、日本で紹介されているミュシャのイメージからは抜け落ちていることを再認識した辺り。それにしても、ファンタジー小説の表紙のようなイラストレーションというのは、ムハの時代に既に完成されているのだな、と思う。
- 広場に戻り、塔の上へ登る。塔からの眺め。真下には、からくり時計の演技を待つ人が蟻のように群がっているのが見下ろせた。気分はもう、「愚民ども、わらわの前に平伏すが良い! ほーほっほっほ」(片手には、絹の扇子)、である。それは良いけど、何故、女王?
- こうして見ると、プラハはつくづく、屋根の赤い街だと思う。フィレンツェに似ているというが、情熱という言葉はこちらには余り、似合わない。
- 塔の下にある、tourist向けのインフォメーションで、シュバンクマイエルの家を聞こうとする。山本容子の本で、ギャラリーを併設していると書いてあったので、行ってみようと思ったのだ。が、誰も彼の名を知らない。ひょっとしてチェコ本国では、無名なのか? パソコンで検索してみても見つからないらしく、綴りを書いてみろと、窓口のお姉さんにメモ用紙を渡される。ええと、schwankm…れれ?どう書くんだ? 考えてみれば、そんなにファンでもないし、彼のチェコ語の綴りなんて分かるわけがない。というわけで、これ以上、調べて貰うことは出来ず、断念。
- 今回の旅行も、プラハが最後。というわけで、土産物を買うのも、ここが最後。実は、今回の旅行で、一人だけはお土産を買って帰らなくてはと思っていた。それは、私の叔母。十年前、私がまだ貧乏学生だった頃、スペインとパリを40日ほどフラフラ旅行するのに辺り、若い内にこそ旅行をするべきだと、少なからぬ金額を援助してくれた人なのだ。あの時は、余分なお金なんてものは無かったので、土産物も買う余裕も無かった。しかし、前回のお礼として、今回こそは、何かを買っていこう、と思ったのだ。
- チェコのお土産。というと、ボヘミンアングラス、ガーネット。まぁ、そんなところだと思うのだが。大正生まれの女性に、お土産として渡して喜んで貰えるものとは一体なんだろう?
- ガーネットというのも、チェコ産のは、非常に暗い赤色のものなので暗い印象が強く、人を選びそうだし、というか私自身あんまり好きではないし、私が買えるのはイヤリングかペンダント辺りだけど、こういうのを自分の好みでないデザインで貰うと困りそうだし。
- かといって、ボヘミアングラス、何を選べば良いのか。巨大な花瓶を貰っても困るよな… というか、私自身持って帰るのに困る。食器、例えばワイングラスやロックグラスは値段も手頃だし、日本では高そうな(日本で買うと、こちらの3倍とのこと)綺麗なハンドカットなのだけど、グラスはペアが基本。叔母は、今は一人暮らしなので、それは避けないと… う〜ん、う〜ん。日本人向けの高級土産物屋の中をグルグル回りながら、延々と悩んでしまった。自分のことなら、こんなに悩むことはないのに。
- 結局、ボヘミアングラスとしては伝統的な暗赤色の、螺旋に切り込みが入った、片手に収まるくらいの、上品な香水入れを買うことにした。これなら、インテリアとしてもそう邪魔にはならないかと。…プレゼントというのは、そのもの自体が大事なわけではなくて、相手のことを出来るだけ考えようとした、その結果だからこそ、渡す価値があるのだと納得する。少しでも喜んで貰えれば良いのだが。あとは、せっかくボヘミアングラスの本場に来たわけだし、家への土産として、一輪挿しに使えるような小さな花瓶を購入。ちなみに、両方で、1万5千円くらいなのでそれほど大変な買い物をしたわけではない。
- 色々な店先のショーウインドウには、人形が多い。チェコは人形と人形劇の国なのだ。実際に操れるマリオネットも売られている。他にも普通の人形も沢山。その中に、猫の人形が4匹。何と、見ざる聞かざる言わざるの猫版。あれって、西洋でも言われていることだったの? 左甚五郎もびっくりだ。見ニャン聞かニャン言わニャンという感じ? ちなみに、4匹というと1匹余るわけだが、その猫は、普通に手を前に置いている。この猫の意味は?
- 晩までにはまだ少し時間がある。インフォメーションでは分からなかったが、一応、シュバンクマイエルの家があるらしい地域まで、地下鉄で行ってみることにする。フラチャニー、城の更に北側だ。
- こちらの地下鉄はえらく深いところにあって、エスカレーターもやたらと長い。東京駅地下のエスカレーター並だ。しかも、その速さたるや、まさに高速。乗り込んだ瞬間、「加速装置」(カチッ)のように、スピードが上がる。でも、こちらの人は平気で乗り込んでいるんだよな。新体操の本場だったりするように、平衡感覚が優れている人たちなんだろうか。ちなみに、東欧の地下鉄が深いところにあるのは、冷戦時代、シェルターとしての使用を考慮して作った、という話を聞いた。本当かどうかは知らないが。
- フラチャニー。適当に外に出たら、曇っていることもあって、どちらが南かも分からず、焦る。しばらく歩いてみたが、歩き回っている内に何とかなるスケールではないと判断、あっさり諦める。城まで何とか辿り着いてから、橋まで午前とは別ルートで下る。開演時間の1時間前に旧市街に戻ってくることが出来たので、とりあえずもう一度、広場へ行こうと歩き出したら、完全に迷ってしまい、広場に辿り着くのに30分以上掛かる。私は、基本的に道に迷ったりすることはないのだけど、この街は、方向感覚だけでは絶対、目的地に直行出来ないと思う。
- 夕食を食べる時間ももう無いので、パンを適当に買って、食べながら国立マリオネット劇場に急ぐ。10分前。…あれ?待ち合わせした夫婦がいない。向こうも道に迷っているのだろうか。5分前。これ以上待っていると、始まってしまうので、諦めて切符を買う。450Cr、1000円強。客席に入ると、ぎっしり。隙間を見付けて何とか座るが、200人くらいで、満席である。
- 題目は、「ドン・ジョバンニ」。音楽が始まると、幕が開き、オーケストラの紙人形が舞台の下方で演奏をしている。弓や、指揮者の腕が曲に合わせて動いている辺り、芸細っ、という感じ。しばらくして、登場人物達の人形が登場、前奏が終わると、オーケストラの人形はさすがに引っ込んだ。
- 舞台は、オペラの「ドン・ジョバンニ」を人形劇にしたもの。だから、人形は、物語としての演技をしつつ、歌を歌うシーンでは(特にソプラノは)喉を細かく震わせる(=首を高速で横に振る)演技までするのだが、そのおかしさは見たものでないと分からないかも。というわけで、総じて面白かったのだが、ただ一つ問題だったのは、実は「ドン・ジョバンニ」というオペラを(TV等でも)まだ見たことがなかった、ということ。見ていて初めて気が付いた。というか、見る前に気づけよ、それ位。なので、出てくる人物の関係が今一つよく分からないままだったりして。…帰ったら、ちゃんと復習しよう。
- 終わってから舞台で挨拶した演者は5人。4重唱のシーンなどもあったし(歌っているのはCDだけど)、あれだけの舞台をほぼ一人一役で演じているのか。その技には感嘆。さすが、「国立」の劇場だけのことはある。技術の蓄積。日本には、無いよな、こういうの。その分が、アニメに行っているのかもしれないけど。
- 終わると、外は真っ暗、橋の方まで戻り、橋から見た夜景(川の向こうの高台に光り輝いている城=教会)を眺める。少しだけ、ソダーバーグの映画を思い出した。
- チェコCrは、もうほとんど小銭しか残っていないので、夕食を食べるのは止めて、地下鉄でホテルまで帰る。フロントのテーブルに何故か置かれている青林檎の籠から、昨日今日と取ってきた3個の青林檎を部屋で、シャクシャク囓って、飢えをしのぐ。
to be continued.
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