参考図書 2
歴史
「物語 アイルランドの歴史」 波多野裕三 中公新書
駐アイルランド大使を勤めた著者による、アイルランド史の概説書。任命時に歴史を予習しようとしたが、適当な本が見付からなかったのが、自分で書く大本となったらしい。
スタンダードな、歴史の教科書、という感じで、やや真面目すぎるきらいはあるけど、実用的な一冊。最低、これくらいの内容は知っておくべきなのだろうと思う。
「戦争の日本近代現代史」 加藤陽子 講談社現代新書
近代の英国から見たアイルランド、というのは、戦前の日本と朝鮮の関係によく似ている気がする。国内問題でもあり、国際問題でもある、という捻れ方。
ということで、本書にも目を通してみた。内容は色々興味深かったのだけど、ただし、上記の問題に関しては、余り役に立たなかったかも。「外部としての朝鮮半島
」を安全保障上、いかに認識するかという時代の話は出てくるのだけど、朝鮮併合後の「内部でもあり外部でもある」時代の話は出てこないので。
ちなみに、以前読んだ「アイルランド歴史紀行」によると、三・一独立運動後、武断政治からの脱却を模索した朝鮮総督府が、独立運動の先発国のアイルランドの事例を参考にすべく、特命調査官をアイルランドに派遣したことがあるという。
その報告書自体は、統治上、生かされることなく終わったらしいが、当時の統治者層も、その類似性を強く意識していたのが分かる。
「アイルランド」 ルネ・フレシェ 文庫クセジュ
本文124P。うわっ、コンパクト! ただし、地名にしろ人物名にしろ、知らない人は置いていきますよ、な書き方に加え、直訳調の翻訳がまた、頂けない。つまり何が言いたいかというと、
新書にしてはえらく読み難いのだ。最初の一冊としては、お薦めできない。
とはいえ、これがフランス人の手によるアイルランド史であるというのには、それなりに価値が有る。敵の敵は友達。伝統的に反英であるフランス人の見方として、当然、イギリスには厳しく、アイルランドには友好的。英国史観に慣れてしまった私たちには、まずはそれくらいの方が、バランスを取れる見方ではないかと思う。
「図説 アイルランドの歴史」 リチャード・キーレン 彩流社
一方、こちらはアイルランド人によるアイルランド史。「専門家でない人や観光客のために、入門書として書かれたもの」という(原書はどこの観光地の店でも売っているらしい)だけあって、もの凄く読みやすい。単行本なので前2冊よりは高いけど、最初の一冊としては文句なくお薦め。
ただし、アイルランドの歴史上の独立運動の失敗者たち(沢山いる)に対して、浪花節的な思い入れを持って語るきらいがないわけでもなく、客観的な歴史の叙述というには、やや問題があるかも。いや、そう言いたくなる気持ちは良く分かりますが。
それと、章の終わりごとに、訳者が補足説明を付けているのは親切だと思うが、訳者が、参考文献についても「注として」それら文章を「そのまま引用させて頂いた」というのは、姿勢としてどうなのか、と。それは既に、引用の範囲を超えているのでは?
というわけで。アイルランド史を少し読んでみたが、読めば読むほど、一向に楽しくない(^^;; 革命で国王を追放!とか市民蜂起で独立を達成!といった盛り上がるイベントに欠けるのだ。そればかりか、「戦いを起こしたが負けて、支配が一層強まった」ことの繰り返し。暗澹たる思いに囚われる。
しかし、この島においては「滅亡した」という歴史もまた無い。この地に伝来したカトリックは、ケルト文化を取り込みつつ定着する。移民してきたイングランド人もゲール人と同化して、アイルランド人として英国に対抗するようになる。負けても一緒になってしまえば勝ったも同じ、という
ような風土。何となく、日本人には親近感のわく世界のような気も。
その中で、唯一、同化を拒み、アイルランド的なものを敵視し続けてきたのが、北部のプロテスタント系住民なのだが…
「アイルランド問題とは何か」 鈴木良平 丸善ライブラリー
北アイルランド問題の歴史的過程および現在(1999年)までのアイルランドおよび北アイルランドの政治的状況を簡潔に語った本。
IRAといえば、現在のIRAの主流は、「正統派」に反発して生まれた「暫定派」である、という位の知識しかなかったが、この本によると、更に分裂を繰り返しており、「暫定派」以上に過激な、それらのある組織は「真のIRA」、別の組織は「本当のIRA」と名乗っているらしい。…いしいひさいちの漫画にでもありそうな。饅頭屋の本家争いみたい。
しかし、そういった知識より、背景の方が重要ではないか、という考えからすれば、経緯は(駆け足で押さえてあるものの)物足りないし、逆に今現在の出来事こそが大切だという考えからは、既に3年前の事実までしか載っていないのは(当たり前だが)、今や不十分。この問題を新書という形で描くのは、帯に短し、襷に長しの感は否めないかと。
「アイルランドからアメリカへ」 カービー・ミラー/ポール・ワグナー 東京創元社
副題は「700万アイルランド移民の物語」。前世紀から今世紀に掛けてアイルランドの人々が大量にアメリカへ移民した理由と、彼ら移民が
「約束の地」アメリカで目にした現実、そしていかにして自分たちの地位を築いていったかという苦難の歴史を、彼らが母国の家族へ書き送った手紙の文面を中心に、極めて手際よく描き出している。それもその筈、著者二人が製作した2時間のTVドキュメンタリーフィルムを元に書かれたのが、この本ということらしい。
引用されている個々の手紙も非常に興味深いが、何よりも目を引くのは、当時の移民達を写した写真の数々。彼らの多くは、鉄道の敷設工事等、当時のアメリカ社会での最底辺での仕事に従事していたのだが、正面をまっすぐに見つめるその姿には、誇りとか気概とかいったものが強く感じられ、こちらも背筋を正して見ないといけない気にな
った。
それにしても。民主党が元々、アイリッシュ・アメリカンの政治団体というべき組織だったことすら知らなかった辺り、自分の無知をつくづく恥じ入るばかり。さすがに、共和党の方はWASPの政党だったという認識はあったけど。だからケネディ(アイルランド移民の子孫)は民主党だったのか。
風土
「アイルランド歴史紀行」 高橋哲雄 ちくま学芸文庫
アイルランドの文化史をエッセイ風に綴ったもの。「ミステリーの社会学」(中公新書)なども書いている著者だけに、「なぜアイルランドの道路標識はあんなにも分かり難いのか」といった些細なことから「なぜアイルランドの政治運動は自滅的な失敗を繰り返してきたのか」といったこの国の根本に関わることまで幾つもの疑問への考察を通して、「失敗の専門家」であるアイルランド人の魅力を軽やかに語っている。
非常に読みやすい文章で、アイルランドに特段の関心のない人でも面白く読めると思います。…まぁ、関心のない人は読まないでしょうけど。読んで損はない一冊。
「アイルランド」 オフェイロン 岩波文庫
アイルランドの「歴史書」ではなくて、「民族精神の歴史」を語ろうとした本。強靱な知性によるその考察は、半世紀前の本でありながら、未だ古びない。
土台となる文化的背景の第一部「根」に、それに加わった諸事情の第二部「幹」、そしてその上に登場した現代アイルランド人の六つの類型を考察する第三部「六つの枝」から
構成されている。個人的には、第二部までは非常に面白かったのだけど、第三部は著者の捉え方が観念的に過ぎるように感じられるところもあって、やや齟齬感が。
でも、アイルランドの精神風土を考える上で外せない一冊であるのは確かかと。
「とびきり可笑しなアイルランド百科」 テリー・イーグルトン 筑摩書房
専門的で大部なアイルランド文化論も出している英国文芸批評家の、しかしこれは一般向きのくだけた(くだけすぎた?)アイルランドのスケッチ。AからZの96項目に関して、極めて真面目だったり、逆に大嘘だったり、あるいは真面目と嘘のどちらか分からなかったりと、様々な形でアイルランドとアイルランド人の実像を描いている。
個人的にはまさに好みのスタイルで、気楽に読めて、しかも非常に面白かったのだが、しかしそのために2千円払っても良いと考える人はそう多くないような。同種の「とびきり…な」シリーズは皆、文庫化されているので、新刊(今年4月)のこれもあと5年もすれば、ちくま文庫に落ちる可能性が高い。
興味があるけど急がない人はその時、買えば良いのかも。
「愛蘭土紀行T 街道をゆく30」 司馬遼太郎 朝日文庫
司馬遼太郎といえば、私が新社会人の頃、(上司が褒めるので)多少は読んでみたものの、その「偉そう」な文章に耐えられず、二度と読まない作家として、以後、縁のない生活を送ってきたのだが。
「街道をゆく」中に、アイルランド篇があるという。となると、今後、いわゆる経済人な中高年(「趣味はゴルフと読書」と答えるような人)との間で、アイルランドが話題に出た場合、その本の話を得意げに持ち出してくる可能性がなきにしもあらず。そんな時、「駄目ですね、あれは」と軽く切り捨てることが出来るように、という防衛的な目的で、あえて一読。
で、感想は、相変わらず「偉そう」と。
一見回り道しながら、アイルランドの歴史的特殊性に迫ろうとするという意図自体は分からないでもないが、この勿体ぶった文体にはうんざりする。ロンドンやリヴァプールでの話を長々書いてないで、早くアイルランドに渡れよ、と苛々が募る。269Pしかないのに、174Pめになってようやくダブリンである。ひょっとしてアイルランドへ行きたくないのかと疑ってしまう。
T巻を読んだだけで、果たして気分が悪くなったが、ここで止めては何の意味もないので、続けてU巻へ。
「愛蘭土紀行U 街道をゆく31」 司馬遼太郎 朝日文庫
アイルランド周遊篇。せっかくアイルランドまで来ていながら、あんまり楽しそうではない。現地で雇った運転手が、パブで自分達に命じて紅茶を注がせたのが不愉快だとか、敬称のsirを付けて自分達を呼ばなかったとか。そんなのどうでも良いことだと思うが…
で、そういう不平を書いた後に、アイルランド編の最後のエピソードとしてアイルランド大統領と会い、彼が日本好きだったことに心地よさを感じた、と書いて終わる。例によって日本人のコンプレックスをくすぐる展開で、無意識に書いたのなら、「おめでたい」人だし、読者を喜ばせるため戦略的に書いたのなら、品性が低いとしか
。
しかし、最大の問題点は、紀行文なのに、現地へ行きたいと読者に思わせないこと。大体、ラストの一行が「偏った言い方をすれば、行かずとも(アイルランドの文学を)読むだけでいいともいえるかもしれない」と結んでいるのには白けてしまう。…それは、あんたの目がそれしか見てこなかった、というだけの話でしょうが。
訪ねたのは、本や映画に縁のある場所に限られ、ケルト十字やケルト写本のような、言語化されないケルト文化を生で理解しようとした気配は少しも窺えない。妖精の記述は多いが、単に文学、即ち「蘊蓄」として語れる分野だったからかと。仮に当時、「装飾的思考」が世に出ていれば、蘊蓄として引用したことだろう。何せ、前巻のリヴァプールの章で、その音楽を全く聴いていないとしながら、「ビートルズについて書かれた本」からの知識だけで平気で語ってしまえる人なのだから。
ところで、著者がそもそもアイルランドを訪ねた理由が、最後までよく分からなかった。大英帝国を批判するための(ついでに、日本と日本人を称揚するための)ダシとして使用するため? 何にせよ、(過去の書籍と)自分に有る知識を無知な読者に教授する、というのが、著者の一貫した姿勢。逆に、未知なことに出会う感動や畏れは、文章からは凡そ感じられない。だから、「偉そう」なのだ。
この本の話題が出ても「その後の常識(鶴岡真弓的な認識)が織り込まれていないので、もう古い」と言っておけば、無駄な会話をせずに済む筈。いや、本当の問題はそうではないのだが、この本を挙げる人は鶴岡真弓自体知らないだろうから、それで充分かと。
「ケルトの島・アイルランド」 堀淳一 ちくま文庫
アイルランドの自然の風景や、今や廃墟となっている昔の教会といった遺跡をこよなく愛する著者の紀行文。その旅は、例えばドラムリンという、氷河が少なくとも2回来ては去った土地に残される、卵の背型の長円の丘といった地形を、地図
の標高線から見出して、それを一人で見に行くというスタイル。
当然、目的地は僻地になるので、行きはタクシーを利用しても、帰りはひたすら(何キロでも)徒歩。当時、60歳近い著者にとって、そう楽ではないと思うのだが、その旅程の全てを著者は楽しんでしまう。街まで遠いホテルに泊まっても、「5キロの道のりは、風景をゆっくりとたのしみながら歩いていくのに、まさにちょうどいい。」と思い、霧が濃くなっても「霧のアイルランドを、歩いてたっぷりと味わうことができるではないか!」と喜ぶ。勿論、目的の「丘」に対しては、まるでそれが女神でもあるかのように、愛情を込めて飽きもせず眺める。
このような、著者の喜びに満ちた発見が文章の隅々まで、生き生きと語られていて、読んでいると、その風景を実際に見てみたいという気持ちが募る(著者が撮影した素晴らしい写真と、手書きの地図が付いているだけに、一層)。その場所に誘う、魅力に満ちた文章。そうそう、
こういうのこそ、読むべき紀行文というものですよ。
「アイルランド民話紀行」 松島まり乃 集英社新書
アイルランドにおける「語り」(「口承で物語を語ること」)の伝統と現在、そして今後について、「プロの語り部」を初めとした現地の人々から
様々な「話」を聞いて紹介している。
登場する人も、その話もそれぞれ魅力的で、読んでいて、暖かくなる一冊。「語り」の将来は必ずしも明るくないという厳しい現実も一方ではあるものの、音楽、映画、どんな形式であるにしろ、アイルランドから
「語り」の文化が消えていくことはない、というのが、この国の人々の思いのようだ。
そういえば、イエイツの民話集の中に、『話を所望されて、何も話すことがないと答えた男が、(妖精に)一晩怖い思いをさせられ、もう一度話を聞かれた時に、その体験を話すと、それで良いと(妖精に?)言われる』という物語があった。話の教訓というか、意図が今一つよく分からなかったのだが、
この本を読んで、アイルランドでは、物語の一つも語れない者は怖い目にあっても仕方ない、ということかもしれないなと思い当たった。
音楽
「アイルランド音楽入門」 ダイアナ・ブリアー 音楽之友社
アイルランド音楽に関して、曲の種類や使われる楽器など基礎的なことを丁寧に教えてくれる本。子供向きに書かれたものらしいが、初心者にとっても非常に有り難い本。アイルランド音楽で言う「フィドル」とクラシックの「ヴァイオリン」が全く同じ物だといった(基本的過ぎる)ことは、どこにも載っていなかったりするものなので。
色々な曲のさわりのメロディーの楽譜も多数載せられているので、読める人なら一層楽しめるかと。私は…、高校の頃は、少なくとも「ヘ音記号の楽譜」は読めた筈なんだけど(1年だけ、吹奏楽部でチューバを吹いていたので)。全然、身に付いていないなぁ。
「アイリッシュ・ミュージック・ディスク・ガイド」 大島豊 音楽之友社
今現在のアイルランド音楽で何を聴けばよいのか、ということに関して、この本には大変お世話になりました。とはいえ、まだ入り口に足を踏み入れたばかり、という感じだけど。
DVD
「マイケル・コリンズ」 ニール・ジョーダン
独立運動の闘志マイケル・コリンズの生涯のうち、1916年のイースター蜂起から、内戦に突入した1922年、故郷の州で狙撃されて死亡するまでの6年間を、ニール・ジョーダンならではの抜群のストーリーテリングで描く、「映画で観るアイルランド独立史」とでもいうべき作品。
歴史を題材とした、あくまでもエンターテインメントとして受け止めるべき劇映画だが、それでも、これだけのことがつい80年前に、(当時の「英国国内」で)起きていたのを「映像」で見せられると、正直、驚く。
コリンズ役のリーアム・ニーソンがどう見ても31歳には見えないとか(監督が企画を温めている内に歳を取ってしまったらしい)、個々のテロ活動は描かれているものの、
独立運動の全体像はよく分からないとか、ケチを付けようと思えば色々あるが、メジャー映画として良く出来た、少しも飽きさせない作品なのは確か。観て良かったと思う。
特典の、この映画の製作と、コリンズの実像に迫る50分のドキュメンタリー番組もしっかりした内容だったので、得した気分。
おださんの「Dear Little Shamrock」内の「A Booklist of Ireland」
mauさんの「その日ぐらしの私」の別館内「しっぽぽ旅行団: Part 1 アイルランド(ケルト)」
参考にさせて頂いた主なところ。他の方々のも色々読ませて頂いたのですが、自分の感想と余り合わない人のページは、ブックマークを外してしまったので、よく覚えていません(^^;;
このお二方による紹介は、私の怪しげな感想より、参考になるものが多いのではないかと。