参考図書

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・旅行に行く直前に、アイルランド/ケルトに関しての最低限のことは理解しておこうと読んだもの。
・日記に書いた感想を転記しているので、くだけた表現となっているものが大半です。
・ジャンル毎(恣意的な分け方です)に読んだ順で掲載しています。お薦め順とは限りません。
・なお、本を選ぶに当たって、参考にさせて頂いたところとしては、この辺り


ケルト

「図説 ケルトの歴史 −文化・美術・神話をよむ」 鶴岡真弓・松村一男 河出書房新社

 鶴岡真弓は、昔のウゴウゴ・ルーガ風に言えば、「ケルトけんきゅうのえらいひと」。 日本のケルト関係の書籍で、この人が関わっていない物の方が珍しい。これも「ふくろうの本」とは思えないほど、内容の密度が濃い。ケルトってアルプス以北に居て、カエサルに負けた民族だっけ?などと怪しげな知識しかない者としては、ガリアのケルト部族分布図(聞いたこともない数十の部族名が載っている)とかを、いきなり見せられても付いて行けなかったりします。勉強にはなりますけど。
 しかし、この本の重点は、ケルトの歴史・文化を要領よく説明した教科書的な箇所ではなく、『近世の、ケルト文化の復興という動きが、英・仏が近代国家としてナショナリズムを高揚させる過程で、ローマではない「自前の古代」 を必要としたのと密接に関係している 』ことを明らかにするところにある。ケルト文化のイメージは今も、それら百年前の近代人が作り出した見方(近代社会が失った桃源郷であるとか)の影響下にあるという。 それに対し、現実の「ヨーロッパ諸文化の中のケルト」を見つめ直すことが、この本の目的といえる。

 ところで、今回の私の関心事には(英国には行かないので)含まれていないアーサー王伝説だけど、この本によると、コーカサス地方のオセット人(スキタイ人等、古代イラン系騎馬遊牧民の子孫)の伝承と強い共通点が存在するという指摘が、近年なされているらしい。ローマ人が彼ら騎馬民族を5千人ほどブリテン島に派遣した歴史的事実もあるとかで、彼らが伝えたのではないか、とか。
 これってやはり、英国人にとっては俄には受け容れ難い衝撃的な説だったりするのでしょうか。日本神話だと、起源が基本的に外来であるのは暗黙の了解という奴ですが、それでも、仮にシベリアの向こうで5千年前に話されていた伝承が更に大元 、とか言われたら、 ええ?と誰でも驚くと思うし。

 

「ケルト人 −蘇るヨーロッパ<幻の民>」 クリスチアーヌ・エリュエール 創元社

 「知の再発見」双書の一冊として、紀元前の「大陸のケルト」の遺跡から発掘された出土品を中心に、豊富なビジュアルが楽しめる「目で見るケルト」。ケルトは、書き文字を拒否した民族であったため、隣のローマ人からの偏見に満ちた文章以外に、その文化を知るには「見る」しかないわけで、この双書の性格とは割と合っているのかも。
 内容的には、ローマのカエサルとケルトの族長ウェルキンゲトリクスの戦い、そして彼の降伏について多くのページが割かれているのが目に付く。著者を含むフランス人にとって、ガリアの英雄であるウェルキンゲトリクスこそが、ケルトの象徴たる人物なのだろうか。

 ところで監修の鶴岡真弓は序文で、メンデルスゾーンの「序曲・フィンガルの洞窟」について触れている。3世紀スコットランドの伝説的な王フィンガルを世に知らしめたのは、18世紀後半の文学者マクファーソンの「オシアンの古歌」であり、1832年に「序曲・フィンガルの洞窟」が初演され、喝采を浴びた時には、「フィンガル」 は北方世界という西欧のもう一つの源を思い起こさせる言葉として既に一般に広く了解されていたことを指摘している。「ケルト復興」とはその頃から続くムーブメントであるという。

 ふむふむ。だけど「フィンガルの洞窟」、どんな曲だったっけ… 何か名曲アルバム的な曲だったような。それどころか、実際に番組で洞窟の映像を見たような気さえするのだけど、肝心な曲が 思い出せない。というわけで、廉価版のCDを買ってきた。
 …あ、これかぁ。バイオリンが感傷的な主題を奏でて、低音がモゴモゴモゴモゴと入る奴(そんなんで分かる人はいません)。なるほど、これがケルト的なイメージか。だけど、個人的には、同CDに入っている「劇音楽<真夏の夜の夢>」の「結婚行進曲」が(160年も前の曲だというのに)、今でも何とかの一つ覚えのように結婚式で使われ続けていることの方がもっと驚くべきことのような。

 

「ケルト/装飾的思考」 鶴岡真弓 ちくま学芸文庫

 ケルト文化を理解する上で欠かせない名著。昔から、一度は読もうと思っていた本であり、今回の機会を奇貨として通読。
 扱われているのは主に、ケルト写本と呼ばれるアイルランドの修道僧達が手書きで作成した福音書写本の数々。ページを飾る装飾文字や装飾文様は、美しいという以上に異教的とも言える躍動感に満ちている。著者は、このケルト写本を手掛かりに、地中海など他地域の装飾文化と比較しながら、ケルト文化が具象ではなく抽象的な表現を重んじ、組紐、渦巻きといった「永遠に変化し続ける」装飾の形で、この「世界」を表現していたことを、豊富なディテールを元に説明していく。
 釣りをして海面を暫く眺めていた日の夜、目を閉じても上下する海面が消えないように、組紐が作り出す渦巻きが、読み終えても頭の中で回り続ける。
 ただし、文庫という制約上、モノクロかつ縮小サイズで、よく見えない図版が多数なのは残念。カラーでケルト写本の装飾ページを載せている本が、別に必要かと。

 

「ケルト美術」 鶴岡真弓 ちくま学芸文庫

 「ハルトシュタット美術」「ラ・テーヌ美術」「ガリア美術」「ケルト修道院文化」「装飾写本芸術」「ケルティック・リヴァイヴァル」の順で、ケルト美術の内容と特徴を、時代毎に解説。ページ数の半分を占める、大きめの図版で参照出来るのは嬉しい。しかし、1400円という文庫らしからぬ定価と、内容的に他の本と重なる部分も多いことを考えれば、この本を選ぶ優先順位は低くて良いかも。巻末の、ケルト/アイルランドについてのブックガイドを必要とする方にはお薦めだけど。

 

「ジョイスとケルト世界」 鶴岡真弓 平凡社ライブラリー

 ジェイムス・ジョイスが編み出した言葉の宇宙が、装飾文様というケルト的な想像力の、いわば文学上での再生であったことを解き明かしていく。内容だけでなく、話者や文体が次々に変わっていくという風に 、形式においてもジョイス=ケルト的な想像力をなぞってみせようとする、極めて意欲的な評論。熱に浮かされたかのような「話が尽きない」文章には圧倒される。中でもアイルランド人が生み出したイムラヴァ(西方航海譚)の魅力を語る際の、熱の入り方が印象的 。

 

「ケルト神話と中世騎士物語」 田中仁彦 中公新書

 ケルトの人々が思い描いた「異界」とはいかなるもので、それが後世どう受け継がれていったかを、西方航海譚や、アーサー王伝説等の中世騎士物語を通して考察する。
 アイルランドにおける西方航海譚とは元々、海の彼方のケルト的な「異界」へ行って帰ってくる、という浦島伝説的な物語であったが、次第に、キリスト教の価値観で旅が構成され(善悪の観念が持ち込まれる)、目的地はエデンになり、旅の途中には地獄が登場するようになる。しかし、そのエデンとは相変わらず、ケルト的な「常若の国」であった。という前半部分はそれなりに興味深い。ただし、中世騎士物語にはユング心理学的な意味での人格完成の物語が読み取れると、 嬉々として無邪気に語るだけの後半はちょっと…
 航海譚についても、「ジョイスとケルト世界」での鶴岡真弓と比べると、同じ物語について語っているとは信じられない位、愛が感じられないし、後半は腰砕け。お薦めはしません。

 

「ケルトの神話」 井村君江 ちくま文庫

 こちらは「妖精けんきゅうのえらいひと」である著者が、妖精について知る上で必須の知識であるアイルランド神話について、主なものを紹介している。
 アイルランドの神話は、他の民族の壮大な神話体系と比べると、取り留めのないきらいもあるので(創世神話がなくて、他から移住してきたところから始まる)、面白いと思うかは人によりけりだと思うが、薄くて読み易いので、どういう神話か知りたい人は、この本から入るのが良いかと。また序文で、ケルトについて非常に分かり易くまとめられているので、ケルト文化を手っ取り早く知りたい人にもお薦め。

 

「ケルト妖精物語」 W・B・イエイツ編 井村君江編訳 ちくま文庫

 アイルランドの様々な民間伝承を文学者が採集したものから、19世紀末にイエイツが選択して編集したもの。日本で言うところの「遠野物語」。ちくま文庫に収録する際に、妖精に関する物語を「妖精物語」、それ以外を「幻想物語」と、2分冊にしている。
 アイルランドでは、妖精は「good people」と呼ぶらしいが、まさに「お隣さん」とでもいう感じで、当時の農民たちの日々の暮らしに取って、妖精とは、例えば今の日本の猫(塀の上にいるのを見掛けてもおかしくない、という)位、馴染み深い存在だったことがよく分かる物語集。勿論、迂闊にちょっかいを出せば、猫以上に危険なこともあるようだが。

 

「ケルト幻想物語」 W・B・イエイツ編 井村君江編訳 ちくま文庫

 こちらは、魔女とか悪魔とか幽霊とか、あるいは王女とか王子とかを題材にした話が収められていて、「妖精」物語の独自性と比べると、グリムなどと共通の物語も多く見掛ける。「妖精物語」「幻想物語」ともに、アイルランドの人は、こういう「物語」を話したり、聞いたりするのが非常に好きだったんだろうな、と想像出来る。
 どちらも、民話集として、少なくともグリムと同じ位には面白く、なおかつ、より素朴な味わいがあるように思う。

 

「ケルトの薄明」 W・B・イエイツ ちくま文庫

 神秘的な「ケルト的な風土」についての、イエイツ自身のエッセイとでもいうべきもの。ここまで来ると趣味の領域。あえて読まなくても良かったような…
 60年も前に、驚異的に美しい女性がいた(当時の名高い詩人にも詩を詠まれた程)という土地を訪ねたところ、今でも、そこの人々は彼女の美しさを語り継いでいる、という話には、なるほど、アイルランドとはそういう土地なのだな、と感嘆したけれど。

 

「ケルト 生きている神話」 F・ディレイニー 創元社

 著者は、BBCが10年くらい前に制作した、ケルトに関するドキュメンタリー(エンヤのデビューアルバム「the celts」は元々、その番組のサントラである)で、キャスターを務めた人。この本も同時期に書かれたらしい。内容的には、ケルトに関する入門書。従って、古代から中世にかけてのケルト文化に関する叙述は他とそう変わらず。英国の本だけ有って、ブリテン島でのケルト人とローマ人の戦いの歴史が詳しく述べられているのが、多少違うくらい。
 ただし、終章で、ケルト系の言語を存続させる活動の現状の紹介と、今後についての悲観的な認識を示す辺りは、類書にはない。
 この本によると、言語を残す活動が最も活発なのは「ウェールズ語」らしい。ウェールズ語のTV放送の開始を求め、ハンストした知識人までいて、そういった運動の末に始まったTV局は、(誰もが予想もしなかったことに)ウェールズ語を喋るアヒルのアニメを番組に組み込んだが、結果的にアニメは子供達に受け、この地方の子供に言葉を覚えさせるのに一役買った、といった話などが紹介されている。しかし、ブルターニュのような他の地域では、独自の言語が続く見込みは低く、マン島では既に滅んでいるという。

 

「ケルトと日本人」 鎌田東二/鶴岡真弓 編著 角川選書

 「ケルトと神道」というテーマで行われたシンポジウムを起点に、日本文化とケルトを照応させることで、日本文化を世界性の中で捉え直すことを目的として、企画された書物。編著者間の対談他、研究者等の論考で構成されている。
 論考は刺激的な考察を行っているものもあり、何だこりゃと言いたくなるものもありと様々だが、対談の内容は示唆を受けることが多く、一読の価値あり。全体的な印象としては、図書館で見掛けたら、借りてみても良いのではと。なお、柳田国男と西欧のケルト研究の関係について、鎌田東二が冒頭の文章で紹介(大体、予想通り)。 

 

「ケルトの風に吹かれて」 辻井喬/鶴岡真弓 北沢図書出版

 作家の辻井喬と鶴岡真弓の対談集。こちらでも「ケルト」と「やまと」の照応というのが、関心の中心となっている。対談だけ有って非常に読み易いが、余りにもするすると読めてしまうので、読後、何が語られていたのか、さっぱり思い出せないという罠。
 (読み返してみたところ)話題は多岐に上るが、近代的な西欧文明の知のあり方とは異なる豊かさを、「ケルト」と「やまと」に見出そうとする、というのが主調。話者が決して無邪気に語ってはいないのは分かるが、どうも「良いとこ取り」な調子の良さを感じてしまう。…それは私が、日本文化の豊かさなど余り信じていないせいかもしれないが。
 ともあれ、読み易く、面白い内容ではあるので、また写真も多く収録した贅沢な本ではあるので、(2500円を出しても良ければ)買って読んでも良いかと。

 

「ケルズの書」 バーナード・ミーハン 創元社

 ミーハン著と言っても、9世紀頃に製作された「ケルズの書」の著者では勿論なく、その注釈本の「著者」という意味。
 とりあえず、注釈は読まなくて良いので(私もまだ読んでいない)、「ケルズの書」の各ページの写真の数々だけでも、ぜひ一度眺めて欲しい美本。幸いなことに、今年の4月に出版されたばかりで、大きな本屋の美術書のコーナーなら大抵置いてあるようなので。
 一見、人物像等が稚拙に見えるかも知れないが、その装飾文様をよく眺めれば、その凄さにただ圧倒される。「天使の御業」とか「アイルランドの至宝」と呼ばれるのも肯ける筈。もし気に入ったら、拡大鏡でじっくりと細部を眺めることをお薦めする。更なる驚嘆が待っている。もっとも、さすがに虫眼鏡を片手に立ち読み、というわけにもいかないだろうから、その場合は購入する必要があるだろうけど。
 とはいえ、人類が生み出した最も美しい書物の一冊、そのハイライト部分を、僅か3200円で手にすることが出来るなんて安過ぎると言っても良いくらいでは?

 

アイルランド全般

「図説 アイルランド」 上野格・アイルランド文化研究会 河出書房新社

 「ふくろうの本」の一冊として、オーソドックスな内容&出来。歴史、文化、社会について一通り、述べられている。全体にやや物足りない気もするけど、アイルランドに関する最初の一冊としては悪くないかも。綺麗な写真が多く載せられていて、向こうの風景に対する期待が高まる。

 

「地球の歩き方 81 アイルランド 2001〜2002年版」 ダイヤモンド社

 とはいえ、アイルランドに関する日本語のガイドブックは、この一冊しか出ていない、というのを知った時は、ショックだった。もっとマイナーな地域だって数多くのガイドブックが出ていると言うのに… そんなに人気がないとは思えないのだが。しかも、 この本、やたらと薄いし。これで一体、どうしろと?

 

「ヨーロッパ・カルチャーガイド10 アイルランド パブとギネスと音楽と」 トラベルジャーナル

 ヨーロッパ各国のサブカルチャーとライフカルチャーを紹介するシリーズの一冊。アイルランド篇は、特に音楽と食べ物の話題が多い。このシリーズは気軽に読めて良いのだけど、実際に何かの役に立つかというと、それには一つ一つの記事が浅過ぎるような 。まぁ、その国の雰囲気を知る、というためのものか。

 


参考図書その2


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