空の蒼さを 見つめていると
探したら、こんなところに有った!
という夢を最後に見て、目が覚めた。暫くしてから、それが夢だったこと、つまりは現実では見付からなかった、ことを思いだして朝から虚しい気持ちになる。
メニコンのメルスプランに入会中なので、紛失時といえども負担は5千円止まりだけど、旅行の際にも必要としなかった新たなコンタクトを作らないといけないこと自体が腹立たしくて。
とはいえ、放置も出来ないので、朝一番でもう一度探しても見付からないことを確認した後、メルスプランの会員証と保険証を持って、出勤。コンタクトは恐らく在庫が無く、注文しないと 手に入らないので、少しでも早く注文しておこうということで。勿論、コンタクト無しでは外出出来ないので、一つ前に使っていたものを両方とも入れて。
夕方、早く会社を出て、駅前のお店へ。エレベーターを上がると、…真っ暗? こんな時に限って、定休日。せっかく順延となったので、帰宅後、もう一度、洗面所の周りを捜索。やはり、見付からない…
寝る前に、片方しか入っていないケースを溜め息と共に眺めていたら。と、両方にピンク色の物体が。?? どうやら、ケースの爪に嵌らなかった左目のレンズが、爪の下の隙間に填り込んでいて、持ち歩いている間にケースの底に張り付いていたらしい。ええと… まさか、こんなオチ? でも、まぁ、定休日で良かったのか、この場合(^^;;
朝の夢は有る意味、正夢だったらしい。
急に気温が下がった時は大抵そうなのだが、果たして体調が低迷気味。具体的には、アレルギー鼻炎で目が痒くて、クシャミが止まらない。
苛々する位、目が痒いので、早く寝てしまおうと、洗面所で外したコンタクトをやや乱暴にケースに押し込もうとしたら、嵌らずに、…どこかに消えた。音がした気配もないのに。眼鏡を掛けて探すが、元々、クシャミが止まらない状態なので、落ち着いて探すことも出来ず。というか、幾ら探しても見付からず。
…悔しいが、諦めて寝ることにする。
「企画展 徒然草をいろどる人々」@神奈川県立金沢文庫。
地味な展覧会だとは当然、思われたけど、「徒然草」は高校の頃、私が通読したほぼ唯一の古典(かつ結構、面白かった)なので、この機会に行ってみることに。
予想通り、地味でマニアックな展示だった(^^;; しかし、その中では割と大胆な分析をしているようで、知っている人には興奮、みたいな展示だったのかも(よく分かってない)。
まず、基本的な内容として、作者である卜部兼好が、特定の人脈の中にいて、徒然草」で紹介されるエピソードも、各グループ間の反目等を反映した、かなり生々しい政治的なバイアス(時には偏見)を含んだ情報であったこと。それにも関わらず、江戸時代の文芸人気での「兼好法師」は世捨て人のようなイメージで理想化されたため、史実と懸け離れた兼好法師像が定着してしまったこと等が、紹介されていた。
更に、京都と金沢(六浦?)の2箇所で当時の文献に名前が残っている、2人の「卜部兼好」が同一人物なのかが、兼好法師研究上の長年の課題の一つ(らしい)のだが、金沢文庫の資料を分析する限り、別人物としか思えないというのが今回の展覧会でのポイントらしかった。
展覧会の内容はともかく(良いのか、それで?)、「徒然草」の内容(紹介されていた分)を殆ど覚えていないのにショック。印象に残ったエピソードは今も覚えているんだけど。ひねくれたニヒリストの資朝卿(むく犬の話で有名な)とか、無頼僧「ぼろぼろ」同士の決闘とか。もう一度、読み返していた方が良いのかも…
あと、印象的だったのは、会場の感想ノート。「静かで良かったです」的なありきたりの感想に混じって、(恐らくは常連の人の)突っ込んだ指摘(烏丸は「からすまる」家で、「からすま」は人名の読み方ではありません)が有り、更にそれに対して、学芸員の人のこれまた容赦のない反論(「からすま」は有職読みです。辞書を鵜呑みにしないように!)が加えられていた こと。地味に熱かった。
「五姓田のすべて −近代絵画への架け橋−」@神奈川県立歴史博物館。
すべて、とは大きく出たタイトルだけど、前期後期で半分ずつ入替だったので、私が見たのは「五姓田の半分」。それでも、充分、面白かったですが。ここにあるのは、手に職をつけるという意味での「技術としてのart」を習得・伝達した人達の作品、あるいは商品。つまり、正統な美術史から言えば、まっすぐには繋がっていない筈の絵画。
しかし、実際には近代美術史はここからの流れが源流となっている部分も多いようで、その辺の「斜めに入り込んでいる」捻れ具合がなかなか興味深い。美術史教育という点でも、明治以降の初等教育での「絵の描き方」は、五姓田派のテクニック(特に鉛筆画)が元になっていたようで、単純に主流・非主流(傍流)といった切り分け方は出来ない様子。
色々な矛盾を象徴する、一番面白い作品が、山本芳翠の「浦島図」だった。山本芳翠を五姓田派の中で取り上げた展覧会を見るのは今回初めてで、このキッチュな近代絵画の成り立ちが、初めて何となく分かってきた、という印象なのだけど、とにかく、細部が面白い作品だった。
この作品が浦島太郎の決定的イメージとして国民全体に広まっていたら、村田真氏の言うように、それはそれで大変なことになっていたとは思うのだけど、そうならなかったのは、美術史上、幸か不幸か、いささか判断に悩むところではある。
「ダークナイト」@サロンパス ルーブル丸の内。
旅行前に行き損なっていたのを思いだして、上映館を探してみたところ、唯一まだやっていたのが、この映画館。しかも、既に最終日(^^;; 妙な名前の館名に、単にネーミングライツなのかと思っていたけど、エレベーターを降りると、目の前にサロンパス商品が山のように積まれていたのには笑った。CMもサロンパス。
映画はほぼ期待通りの内容。ボタンを押す押さない、の下りだけは、「本当なら起きる」ことを描くのを敢えて回避してみたような気はしたけど。
ところで、ゴッサムシティって、本当にシカゴだったんだ、と今さらのように発見。ループ下でのカーチェースは勿論ながら、シアーズタワーの展望台から見下ろした周囲のビルの夜景が、殆ど加工せずに、そのまま挿入されていたのに は驚いた。
こんなことなら、旅行に行く前に、この映画を見ておくんだった! そうすれば、現地でシアーズタワーやハンコックタワーの展望台から街を見下ろした時に、「ゴッサムシティだ!」と(自分の中で)盛り上がれたのに。
クリストファー・ノーランは「メメント」を見た後に、「メメント」「フォロウィング」のDVDセットを購入したのだが(「メメント」に関しては「時系列再生」機能付き(笑)の)、そういえば未開封のままだった… 時系列再生はともかく、「フォロウィング」は今度観ておこう。「プレステージ」も期待していたのに、映画館で見損なったままなんだよな… あれも観ないと。 そういえば、「プリズナーNo.6」のリメイクって進んでいるんだっけ?
「田村能里子展」@日本橋高島屋。
天龍寺宝厳院といえば、それまでの長きに渡る非公開から、紅葉の時期の特別公開を始めた時には大きな話題を呼んだ(京都の観光トピックス上)のは良いんだけど、その後、毎年、宣伝する様が余りにも商業的?過ぎて、いささか興醒め、の感が無くもない、そんな感じで。
しかし、それだけ観光客を呼び込むだけあって資金は潤沢、なのか、本堂再建は着々と進み(もしかしたら、そのための公開だったのかも)、今回は襖絵を依頼。ちなみに襖絵は「寄進」なのだそうだが、その場合、資金的な物はどこまでお寺側で負担しているんだろうか、という至って下世話な疑問が頭に。多分、制作費とかは全て出しているのではないかと思うのだが…
ほぼ全面「赤い」襖絵の本堂ってどうなんだろう、と思ったが、紅葉の季節は良いかも。あと個人的には、絵そのものよりも、象や鳥の形をした引き手の方が気になった。
会場の半分は旧作の展示。襖絵も含めて、奥行きがない世界には物足りなさも覚えるけど、色合い自体は嫌いではないです。他の壁画も機会があれば、見てみたい。
再び、マッサージへ。 旅行でガチガチになっていたので、早く行かなければ、と思っていたのだが、疲労が溜まっている状態だと、却って逆効果かも、と一週間我慢していたのだ。本当は、日常の生活の中で、体を動かして、凝りを解消すべきなんでしょうけどね…
「狩野芳崖 悲母観音への軌跡」@東京芸大美術館。
狩野芳崖については、まさに「悲母観音への軌跡」を一度確認しておきたい、と前から思っていたので、会期終了日に訪問。
「悲母観音」は同じ会場に、フリーア美術館所蔵の「観音」(の複製)も置かれていて、「よく似ている、けど違う」ところを、よく比較出来るようになっていた。勿論、色々なところが「違う」のだけど、「悲母観音」の下絵からも大きく変更された、画面下の大地というか山の姿が、一つの大きなポイントという気がした。あの山は妙義山のイメージが反映されているそうで、そう言われればそうかなと思う 位だが(私自身は妙義山に行ったことが無いので)、モデルが何であれ、あの山から球体までの空間表現で、それまでの伝統的絵画からいきなり飛躍した、という感じ。ほとんど、SF絵画と言いたくなる位(^^;; メビウスとかそんな世界 だ。
ハーフトーンの美しさも、じっくり眺めることが出来て満足。この絵はやはり、部屋の中心にきちんと置かれて、丁寧に見られるべき作品なんだなと。
「軌跡」としての、長府藩の御用絵師だった前半生も興味深かったけど、芳崖については、極彩色のCGアートみたいな「仁王捉鬼図」と、ハーフトーンの「悲母観音」が圧倒的過ぎて、他を忘れてしまう…
帰りに、横浜美術館に寄って、図書室で、図譜をチェック。 ここは図譜は全て閉架になっているのだが、受付前のPCで検索結果をプリントすると、一回8冊だか、10冊だかまで閲覧させてくれる仕組み。まだ記憶が新しいうちに、日本にどういう作品が来たのか、展覧会の図譜でチェックしておこうという趣旨。 (ちなみに、図譜を出して貰う間、「ビュールレ・コレクション」の図譜(これは横浜美術館開催だったので開架だった)を眺めていたら、既に半分くらい、見た記憶が飛んでいていた。現地で見てから一年しか経ってないのに…)
・「フィリップス・コレクション展 印象派と栄光の名画展」 90作品 1983.8.25〜10.4 日本橋高島屋/10.9〜11.3 奈良県立美術館
・「バーンズコレクション展」 80作品 1994.1.22〜4.3 西洋美術館
・「コーン・コレクション展」 ? 1996.10.3〜12.28 伊勢丹美術館
・「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」 85作品 1999.1.30〜4.4 京都市美術館/4.17〜7.11 東京都美術館
・「フィラデルフィア美術館展 印象派と20世紀の美術」 77作品 2007.7.14〜9.24 京都市美術館/10.10〜12.24 東京都美術館
「コーン・コレクション展」はたまたま貸出中!で実物を確認出来ず。「フィリップス・コレクション展」は2005.6.17〜9.4の森アーツセンターギャラリーでの図譜もある筈だけど、そちらは借りず。
この中で「コーン・コレクション展」と「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」は実は見ていない。後者はモネの日傘の絵で散々宣伝されていたけど、見たことあるじゃん、と(オルセーの2枚と誤解して)行かなかったような覚えが。それにしても、この展覧会にすら行かなかったとは…、と今回、図譜を借りてみて、90年代というのは私の中でも(美術鑑賞上)「失われた10年」だったんだな、と改めて気付いた。
中高から大学まではそれなりに展覧会を見ていたので、自分の中ではそんなに断絶していた印象はなかったのだけど、多分、「バーンズコレクション」の辺りを最後にして、2001年に出向して、絵を見る習慣が再び起きるまで、ほぼ6年間は殆ど何も見ていなかった、ことに今気が付いた。当時の日記のインデックスを見ても、確かにその通りだ…
一つには95年に関西の姫路に転勤して、美術館まで縁遠い生活圏となったこともあったのだけど、それ以上に、「休日」をそういうことに使う精神的余裕が殆ど無かったことも事実。それでも関西時代はまだ他のことについては楽しんでいたのだけど、関東に戻ってきてからの最後の2年間(の特に後半)は、休日は「(昼の間は)少し気を抜ける」以上のものではなかった、ことも思い出す。息をするだけ、だった日々。
旅行から帰ってきたら、同じ会社の同期(しかも恐らくは同窓?)の一人が、不祥事で新聞沙汰を起こしていたのに、いささか呆れた。と同時に、その記事で報じられた(逮捕当時の)彼と今の自分の職階との余りの落差にも、いささか呆然とするものがあって。
出向後、会社に戻る際に、いわば組織内ドロップアウトをせずに、順調に?働いていれば、今はその辺の地位にはいたのかと知ると、さすがに思うところも多々あるのだけど、そういう「真っ当な」社会人の生活を続けていたら、勿論、海外の美術館を見に行くような夏休みなど、その後、一回たりとも取れなかったことも間違い無くて。その選択自体は、後悔はしていない。…多分。
で、借りて見た図譜の感想なのだけど、現地での感想を書く際に、それぞれ、合わせて書こうかと。
「猫森集会2008」最終日@スペースゼロ。
今回は「ちゃんと練習したネコ」というプログラム名で(^^;;、 斉藤ネコ氏選曲による、「割と白い」ラインナップ。今回は(先週、旅行から帰ってきた後で)急遽、チケットを買ったので、一番後の席。お陰で、ホール全体にどういう照明がされているのかが、初めてよく分かった。オールリクエストデイズでないので、気持ちもまったりと(^^;;
何はともあれ、今年も参加出来て良かった。これについては、毎年そう思います。
疲れが出たのか、朝起きたら、喉に違和感が。
そんなわけで、せっかく鈴木祥子のライブにイープラスからの招待メールが当たっていたというのに、午後までずっと悩んだ挙げ句、外出は結局、取り止め。冷たい雨の中、渋谷まで出掛けるのはどうにも億劫で。そういえば、鈴木祥子のライブと言えば、前にも風邪気味でチケットを無駄にしたことがあった。どうも相性が良くないのかも。…やはり、本人が雨女らしいのが影響している?
まぁ、明日は明日で、谷山浩子の猫森集会最終日が予定されているし(こちらは買った)。二日続けて、帰るのが遅いと、確実に風邪(気味)が進行しそうなので、今日のところは無理せず休もうかと。
…それにしても、勿体ない。
8月後半から9月前半に掛けて、全然、展覧会に行けなかったので、改めて9月〜10月の展覧会予定をチェックしてみたら…
うわっ、何だかやたらと溜まっているよ(→ bloc )。全部はとても行けそうにない感じ。自分の趣味に本当に合うものだけは、何とか行こうと思ってはいるけど。「八犬伝の世界」とか。
帰ってきました。
…というか、15日には予定通り、(無事に)帰国していたわけなのですが。
帰ってからは、帰宅した時点で、もう既に何だか眠いという状態で、とりあえず急ぎのチケット予約や申込みを済ませるのに精一杯、という状態が毎日、続いていて。やはり、時差ボケ、なのかと。朝は一旦、起きると全然眠くなくて、その反面、夜はすぐに眠くなる、って、わたし的には有り得ないのに! …いや。もしかしたら、それって、人としては「正しい」状態?
そんなわけで、感想とかその他は、もう少し落ち着いたところで。
それでは、(明日から)出掛けてきます。
準備は大体、終わったかなと… 結局、最終日まで何かと残ってしまう見込みだけど。
そういえば、今回は日程を書いていなかった気がするので、簡単に書いておくと。
9/6 成田→シカゴ(泊)
9/7 シカゴ(泊)
9/8 シカゴ→ワシントン(以下、9/14まで泊)
9/9 ワシントンDC
9/10 ボルチモア(日帰り)
9/11 ワシントンDC(宿移動)
9/12 フィラデルフィア(日帰り)
9/13 ワシントンDC
9/14 ワシントンDC→シカゴ→
9/15 →成田
予定では、シカゴ美術館と、ワシントンナショナルギャラリーと、ボルチモア美術館と、ウォルターズ美術館と、スミソニアンの博物館の内、せいぜい5つ位と、フィリップスコレクションと、バーンズ・コレクションと、フィラデルフィア美術館、を見て来るだけの地味な日程です(^^;;