7/15

ロッテルダム→アントワープ

 ボイスマンス・ファン・ボーニンヘン美術館は、ホテルのすぐ近く(にある筈)なので、ゆっくりと8時過ぎに起床。

 ちなみに、ここの館名は日本語でどう表記したら良いのか悩むものの一つ。ボイニンヘンとかビューニンゲンとか、ブーニンゲンとか、本によって色々。後ろは現地では「ヘン」だと思うのだけど、前はどう表記すべきか不明。

 朝、日本語のチャンネルを付けると、「こころ」 をやっていた。客に出す時間を短縮するため、鰻を予め割いておきたい、と相変わらず無茶を言い出す主人公親子。そこまでして、また波乱を起こしたいのか。 というか、こちらに来てまで何故そんなドラマを見なければならないのか、私。

 9時40分過ぎにチェックアウト。日差しは既に強い。 そのまま南に向かえばすぐに着くだろう、と思い込んで、最初、行き過ぎ掛ける。入り口は北側(東西方向の道)にあった。

 

 1階は現代artだけみたいなので、とにかくまず、2階に上る。が、どこに古典部門があるのか分からない。見取り図も無いし。この部屋は印象派、この部屋はバロック、とどこまで行っても一向に行き着けないので、このままでは一日有っても到底見尽くせない!という恐怖に襲われる が(1時半過ぎの電車で次のアントワープに向かわないといけないので)、実は古典部門の入り口だけを避けるように、「それ以外の全ての部屋」を ひたすら通り過ぎていたのだった。最後の最後に辿り着いたのが、入り口の部屋だったとは…

 その入り口の部屋にあったのが、ヤン・ファン・アイク(こちらもエイクか悩むが、現地の発音では多分、アイク)の「キリストの墓を訪れる聖女たち」。(昔見たかもしれないルーブルの作品を除けば )多分、初めて見るヤン・ファン・アイク。 初期作品らしく、精密という以上のことは余り感じられないのだけど、同じ部屋に他の誰もいない中(というか、古典部門のフロアー全体でも恐らく10人もいない)、一人でヤン・ファン・アイクを見ることが出来るのは何とも贅沢 。

 同じ部屋にはヘールトン・トット・シント・ヤンスの「栄光の聖母」も。「週刊世界の美術館」の「アムステルダム国立美術館」編で何故か取り上げられていた図版を見て以来、ずっと気になっていた絵だが、実物は更に良かった。 内面の光。

 次の間は、ボッシュの部屋。「カナの婚礼」「大洪水」「放蕩息子の帰還(放浪者)」 。「カナの婚礼」で、フクロウがやっぱりいる、といったディテールを確認したり、「大洪水」(非常に傷んでいる板絵なのでよく見えないのだが)を見ながら、私にとっての「大洪水」の原イメージである手塚治虫の「大洪水時代」を思い出したり、とその細部を見る楽しみに浸る。

  しかし、何と言っても素晴らしいのは、「放蕩息子の帰還」。くたびれた男の複雑な表情には、近代人たる「内面」を読み取ることさえ出来そう。こういう絵を見ると、ボッシュが中世の画家だったというのを忘れてしまう。

 しばらく進んで、ブリューゲルの「バベルの塔」がある部屋に。

 最初、(記憶にあるより)小さい?と思う。しかし、近付いていくにつれ、絵は徐々に大きくなり、数メートルの距離で見ると、お馴染みの「巨大な塔の絵」になっていた。更に近付くと、全体像はもはや見えなくなり、視界一杯に塔が占めるようになる。 そして最後に、至近距離(10pまで !)で目をこすりつけるようにして見た時に初めて、塔に描かれた一人一人の姿が見えてくる。 遠距離から至近距離まで、シームレスにそこまでズーム可能な画面というのは、現代のCG映画が出るまでほとんど類を見なかったのではないだろうか。

 以前、池袋で見た時はそんなに近付けなかったから、距離を置いて、平面的にしか把握出来なかったが、この絵は広角から超望遠までの目の眩むようなズーム機能を備えている作品であることを抜きにしては理解出来ないと思う。改めてこの絵に驚嘆した。

 更に、絵の中の動き(螺旋状に上っていく塔上の人々)も、すぐには見尽くせない内容に溢れている。

 そんなわけで、食い入るように熱心に見ていると、気に入ったかと警備のおじさんに声を掛けられる。変わった奴が来た、と思われたのかもしれない。

 私はウィーンの「バベルの塔」より、こちらの方がより「現代的」だと思う。「人」がもはや主人公でない点で。ここにあるのは、人工の「世界」の姿、いわば「システム」の象徴であって、そこにいる「人々」はそのシステムの一部ではあっても、主体ではない。

 同種のことはウィーンの絵でも言えるわけだが、そこではまだ前景に、ニムロデ王が命令者として描かれていて、人の意思で塔が築かれていることが示されていた。こちらの絵では、例えば大友克宏の「工事中止命令」みたいに、(当初有った筈の)個人の意思を離れて、 オートマティックに建築が進められている印象が強い。

 勿論、ブリューゲルがどのような意図でもって2枚(実際には少なくとももう1枚描いているらしい)の「バベルの塔」を描いたのかは知る由もないが、今の私達が見ても、様々なことを読み出せるという点に置いて、この絵は 今もなお「現役」の作品だと思う。

  ここまでで充分満足したので、後の部屋は普通に見て回る。昨年、京都の「大レンブラント展」で見た「机の前のティトゥス」の絵(あどけない子供時代の絵)を見掛けて、懐かしくなったりした。ここから借りてきたのか。

 そういえば、ここにも、リチャード・ロングの石のオブジェが置かれていた。古典部門の円形ホールの真ん中にロングを置くセンスはなかなか悪くないと思うけど、オランダ人は、こういうのが好きなんだろうか?

 美術館の半分は現代art。ふぅーんという程度。でも、一番人が入っているのは、それら現代artのコーナーの方なのが、ちょっと驚き。まぁ、地元の人にとっては、常設展は今さら見るまでもない、という感じなんだろうけど。

 ダリのような今となってはどうでも良い20世紀のartもそこそこ。マグリットが多いのは土地柄か。

 1階のゴチャゴチャとした展示フロア。現代artが中心だが、部屋の真ん中に広い壁が立ててあって、その壁の両面に様々な時代の様々な絵画が脈絡無く並べられていた。オランダ絵画の歴史を一望するというイメージらしい。

 その中にひっそりと(裏側の右隅に)、メーヘレンの「エマオのキリスト」が。そう、有名なフェルメールの偽作事件のあの絵である。一瞬、森の中に隠している?と疑ったが、そうではなく、詳しく説明するための場所らしかった。

 壁から少し離れて透明のアクリル板がそれぞれ両側に立てられていて、そこに写っているフレームを指で触れると、そのフレームに該当する絵の説明が写し出され、音声で作者と名前が読み上げられる(アクリル板の解説越しに実際の絵が見える)、という最新のテクノロジーによる説明板 なのだが、他の絵が名前程度なのに対し、この絵だけ、歴史的経緯(当時の実写フィルムが再生されたり、メーヘレンが他のどの絵からどういう部分をパクって持ってきたかを示したりと、特別に詳しいガイドが付いていたのだ。もしかしたら、この絵のため だけに、この装置が作られたのかもしれない。

 しかし、素人が見たら、(フェルメールには)とても間違えそうにない絵である。 全然、似ていない。専門家の思い込みというのは恐ろしいものだと思う。勿論、戦時前という非常事態だったことが一番大きいわけだけど。

 ちなみに、ボッシュの絵も1枚ここに置かれていた(「聖アントニウスの誘惑」だった?)けど、暗くてよく見えないので、ここには置かないで欲しい 。まぁ、私はここに来ることは2度とないと思うけど。

 切符売り場まで戻ってきて、美術館の地図が置かれているのに気付く。ああ、最初にこれに気付けば。2階にすぐに上らず、1階を右手奥まで進んでそこの階段を上れば、古典部門の入り口が目の前、だったのか…

 

 美術館を11時半過ぎに出る。暑いので、とにかく即刻、建物の中へ、と初めてマクドへ入り、ハンバーガーとコーラを注文。…一昨日の誓いは何だったんだ。ホテルで荷物を引き取り、駅に戻り、13時 24分発の電車でアントワープへ。

 国際列車 、ということで何か違うのかと期待したが、別に何も変わらず。JR東日本からJR東海に乗り入れ、という程度の違い? アナウンスの言語の順序が変わった気はするが、駅名以外、 元から聞いていない し。

 アントワープに関しては、Berchem駅とCentral駅間の行き方が不安だったが、 Berchem駅で降りてみると、Central駅行きの表示が有ったので、すぐ分かる。Y字の右上から交差まで下って、左上にまた上がる、というような感じ。Central駅は路線の端にある行き止まりの駅なので、国際列車だと休日以外、立ち寄らないのだ。

 Central駅は、ガラスと鉄で作られたアーチが洒脱な、綺麗な駅舎だった。薄汚れたアムステルダムのCentral駅とは大違い。これこそがヨーロッパの駅舎というものですよ! 荷物を引きずり、 ホテル・エデンへ。

 ここはベルギーアラカルトで予約したホテルで、61Euro(8千円強)と今回の旅では一番安い。ベルギーアラカルトがメールしてくれたバウチャーは解像度が低いjpegで 、かなりピンぼけで不安だったけど、特に問題はなかった。

 今日の内に出来るだけ見よう、と日差しが強烈な中、荷物を下ろすとすぐに外出。 といっても、開館時間はどこも5時までだから、残りはあと2時間しかない。出来るだけ日陰を移動しつつ、ルーベンスハウスへ向かう。

 観光地という感じの洒脱な大通りを抜けて、ルーベンスハウスへ。

 広い庭も見物の一つらしいが、外は暑いので、すぐ中へ。制作スタジオはさすがに、レンブラントハウスなんか目じゃないほど、巨大だった。(4点しか確認されていない内の1点という)自画像は思ったより暗い表情のものだった。 僕ぁ幸せだなァ、と言いそうな人生を送ったルーベンスなのに、どうして? というか、本当に「その絵」が自画像だったのか今一つ自信が無いのだが。

 次は、ルーベンスの墓があるヤコブ教会へ。最初、入り口を間違え、改めて正面に回ると。…閉まっている。曜日のせい?  この時点で4時15分。半日でルーベンスハウス一つだけ、というのでは余りにも乏しい成果なので、急いで大聖堂へ向かう。何となく、大聖堂の内部は夕方の光で見たい、という気もするし。

 何とか、4時半過ぎに到着。中でまず見るのは勿論、ルーベンス。中でも「キリスト昇架」の画面構成、即ちS字の人物配置は、確かに見事なバロック。筋肉隆々。立派な出来である。

 但し、これを見たから死んでも良い、などとは別に思わないし(元々、そういう「究極の」絵画じゃないのだ)、寒くてもう眠いとか、悪いけど全然分からないよ、ネロ。

 ……だって、今は真夏だし。まぁ、外は暑いので、(少しでも涼しい)ここから出たくない、という点だけは同感。

 ちなみに、聖堂内には何本もの柱があるので、「昇架」と「降架」の2枚全てを一編に見るのは、実は無理。

 堂内にはルーベンスの隣にさりげなくムリーリョが掛かっていたりと、他の絵画や彫像も質の高いものが多かった。

 外に出ても、5時。太陽は未だに、日本の真夏の昼なみの高さ。一体どうしろと。

 ガイドブックを見ると、割と近くに川が流れているので、川風を期待して、とりあえず行ってみるが、単に暑かっただけ。戻ってくる途中、道を間違えてヨルダーンスの像を見掛けた後、目的のフルン広場(ルーベンスの銅像がある)にようやく到着。

 やることが何も無いので、広場に面したカフェのテラスに座って、ホワイトビールのヒューガルデンを飲みつつ1時間ばかり潰す。

 続いて、大聖堂の下のカフェの一つで、スパゲティ(マトリチャーナ)を注文。そうそう、スパゲティなら、私にも名前でどんなものか分かるのだった。値段も手頃だし。作っているのは本物のイタリア人だし。今度から悩んだらスパゲティにしよう。

 飲み物は、アイスティ(リプトン)。 他の人が飲んでいるのを見て閃いた 。毎回ビールというわけにもいかないし、コーラは嫌、となると水以外、適当なものが無かったのだけど、これならOK。微炭酸入りの加糖レモンティーで、日本にいたらまず飲まないところだけど(加糖の飲料は普段飲まないので)、このような気候 では、そんな悠長なことは言ってられない。

 広場から、メトロ(トラム)で駅に戻り(「国鉄駅前」とかじゃなくて、「ダイアモンド」という駅名に、そういえば、ここは世界有数のダイアモンド取引街だと思い当たる)、明日の時刻表を確認した後、 ナイトショップ(雑貨屋)で水を買って帰るつもりが、どこにも見付からず。歩いていると、ビルの半地下にスーパーの食品売り場を発見。

 しかし、面白がって色々見ている内に、すぐ閉店。ほとんど何も買う暇が無く、水を1本と、インスタントスープの素を買っただけで追い出される。結局、水を売っている店は 他にどこにも見付からないまま(どうしようもないので、駅にまた戻って自販機のエビアンを買おうとしたら、機械が故障していた…)、ホテルに戻る。

 歩き回って、却って喉も渇いたので、諦めて、ミニバーの水を1本飲む。何かに負けた気分。

 暑い。CNNを付けると、ヨーロッパに現在「Heat Wave」が襲っているというニュースを放送している。…やはり、そうだったのか。

 地元(オランダ?)のTV局にチャンネルを映すと、ビリヤードの試合をやっていた。片方はオランダ人だったが、もう片方は何と日本人。Kunihiko Takahashiと字幕が入る。そういえば、前に世界チャンピオンとなった日本人の話を聞いたことがあるような。元チャンピオンは調子が悪いようで、片眉を神経質そうにピクピク動かしながら、玉を突いていたが、見ている限りではやや劣勢だった。

 しばらく見ていたが、終わるまでかなり掛かりそうなので、途中で消した。Kunihiko Takahashiはフランス映画とかに出てくる冷酷そうな東洋人の悪役(射撃手)が似合いそうだ、と思った。

 夜も暑い。洗濯した服が一晩で全て乾くほど。喉も渇く。しかし、買ってきた水は既に飲んでしまった後。寝苦しい一夜になった。

 


← yesterday / next day →


補足

・ボイスマンス・ファン・ボーニンヘン美術館のコレクション「栄光の聖母」「バベルの塔」


home, index, travel, diary