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アムステルダム→成田

 朝、8時半に起床。うわ。またしても調子が悪い。疲れて体が冷えると、出てくるのか>腎臓痛(?)。具体的には、膀胱が圧迫されているというか、絶えずトイレに行きたくなる痛み。石? 確かに昨日は水分不足だったけど…

 最終日の今日は、当初の予定だと、アーネム近郊のクローラー・ミュラー美術館へ行くことにしていたのだが、電車とバスを乗り継いで、そこまで行く気力も起きないので、市内観光に変更。体調もそんな有様だし、パスが無くなってしまった以上、電車に乗るには切符を買わないといけないわけだし。

 それにクローラー・ミュラー美術館といえば、要するにゴッホで知られる美術館であって、ゴッホのためにわざわざ、この状況でホーヘ・フェルウェ国立公園内の美術館(東京から、箱根の彫刻の森美術館まで往復するような距離感 なのだ)まで出掛ける気には到底なれない。

 他の近現代の画家の作品、特にスーラの「シャユ踊り」を見逃すことになるのは、非常に残念だけど。

 

 市内観光とはいうものの、特別、行きたいところも残っていない。こういう時は観光客として定番のところに行っておこう。というわけで、チェックアウト後、アンネ・フランクの家へ。 ホテルからはそう遠くないので、歩いて10分足らずで着いてしまう。

 ちなみに、バッグもカメラも、もはや無いため、今日の私は非常に身軽(笑)。ただし、ガイドブック(というか地図)を入れる物が無いと困るので、荷物の中から探し出したクッション を代わりに携帯。中が袋になっているので、バッグの代用になるかと思ったのだけど、持ち手が無いので、ずっと抱えていないといけないのが難点。

 まぁ、バッグくらい新たに買えば良いのだけど。今日一日だけのことだし、損失額をこれ以上増やしたくはない。

 

 アンネ・フランクの家は、日中は混雑するらしいが、開館直後だったのでそれほどでも無かった(行列はしたけど)。

 実際に訪ねてみて、感じることが無かったわけではないけど、こういう所はやはり、若い時に見るべきではないかと。私が「アンネの日記」を読んだのって、いつのことだったかな… 中学生?

 こういう施設を見ると、時を固定しようとする強い信念に、正直言って、躊躇いを感じる。語り継がなければいけない、という考え方自体は理解出来る。しかし、こういうのは、日本的な感覚で言えば、その場に未練が残っていつまでも成仏出来ない状態のような気がしてしまう。いや、ユダヤ人に対して成仏はないだろう、とは思うけど、60年前の少女が過ごした部屋の様子をそのまま保存するという執念には、何か違和感を覚えてしまうのだ。

 アンネがよく遊んだという大きな双六が、何故か印象に残った。

 すぐ隣は西教会。レンブラントが埋葬された教会。土日は閉まっているので、外から眺めただけ。

 

 トラムを乗り継いで、熱帯博物館へ。受付のお姉さんが何だか親切だった。ここに日本人がそうそう来るとも思えないので、珍しかったのかも。

  インドネシアやアフリカ、南米、中近東といった世界を(皆、かつてのオランダの植民地だ)、そっくりそのまま「風景」として再現している。現地の家や商店。陳列されている食品や、干されている下着まで。置かれたラジオからは音楽が流れている。

 あるいは、大航海時代のオランダ人の屋敷の様子(世界から集められた品々を並べた室内)。

 よく出来ている、と素直に感心した。 こういった「見せ方」について、大阪の民博はもっと学ぶべきことが多いと思う。解説映像等も分かり易い。イスラムの歴史の説明で、チューリップを引き合いに出すのは、オランダらしい、とおかしかったが。

 ただし、これらの展示が汎世界的かというと、必ずしもそうではなく、あくまでオランダが関わった植民地世界に限られている。私としては、日本に関する展示品がほとんど無いのが物足りなかった。日本関係というと、ライデンになるのだろうか。

 ショップも、人類学、民俗学関係の本や画集、グッズが中心。 バリ島の歴代の画家の画集はあったが、残念ながら、(伊藤俊治によれば、以前、ここで特別展が開かれたという)ヴァルター・シュピースの本は無かった。

 

 トラムでライツェ広場に戻る。ここで何か食べようと思っていたのだが、暑いので、広場に面したハーゲンダッツで、カップのアイスを買っただけ。2Euro。 他のアイス屋と比べると、ちょっと高い。

 ライクスに入る。もう一度、ごく軽く一通り見て回った後、やることもないので、「夜警」の前の長椅子に座って、30分間ずっと、ぼーっと眺めていた。

 前回、ほとんど見なかった1階の展示を、今回は(流し見ではあるけど)全部見て回る。奥の方に、出島の模型が置いて有った。ミュージアムショップで、夜警のポスターを買い、三角柱のポスター入れに詰めて貰う。

 最後に「ユダヤの花嫁」をもう一度見て、ライクスを後にした。

 

 駅に戻り、ホテルに一旦寄って荷物を回収した後、早めに空港に向かう。空港までの切符3.1Euroが、昨日の結果として最後の「余計な出費」となる。

 空港では、JALのチェックインの場所が分からなくて、少し苦労した。 3waybagの他に、持つところがないクッションと、持ち手があっという間に千切れた三角柱のポスターを抱えて、空港内をうろうろ探し回る私。

 カウンターで荷物を送り出し て、ようやくほっとする。手続き中、隣のカウンター(1stclassの)で手続きしている人に、スーツケースを空港職員が届けに来た。どこかに忘れてきたらしい。こうやって、自分で勝手に忘れておきながら、届けて貰える人までいるのに、世の中は不公平だ、と思う。

 出国審査のおじさんは妙に陽気な人で、「コンニチハ」と日本語で言ってパスポートを受け取っただけでなく、返却する際には「たちまちサヨナラ 」と付け加えた。…確かに、その通りだけど(^^;;

 しかし、後でパスポートの中を見ると、スタンプが今までと全然、違う場所に押してあった。というか、改めて見たら、入国時のスタンプも適当な場所に押してあるし、実はオランダ人って、非常に大雑把な性格?

 出発まではまだ時間があるので、身軽になったところで、お土産を探す。せっかくなので検疫済のチューリップの球根を2袋買い(6Euro/10個)、雪辱戦として!ノイハウス のチョコも買い直す。ここでは同じ250gで11.2Euroもしたのは、まぁ、やむを得ないか。

 手持ちのユーロの残りはコーヒーを飲むか、ビールを飲むか、というだけにまで減ったので、カフェでコーヒーを飲む。ハイネケンはもう結構。以前、ハイネケンというと、「ブルー・ベルベット」でのカイル・マクラクランと似たようなイメージ(田舎者的には、ちょっとお洒落。みたいな)があったのだけど、今回の旅の中でわたし内評価が最も暴落したものの一つかもしれない。

 搭乗口まえのロビーで、搭乗開始を待っている間、スピーカーがひたすら連呼する「Microsoft」という単語をずっと聞かされる。五月蝿い。誰でもビル・ゲイツが 大嫌いになること請け合いの広告手法。

 

 ようやく、搭乗時間が来て、忌まわしい「Microsoft」から解放される。機内へ乗り込む。座って、新聞をパラパラと眺めるが、この一週間で変わったことは 特に起きてない様子。安堵と幻滅を同時に感じる。ともあれ、あと11時間ばかり黙って座っていれば、日本に着く筈。そう、時間はまだ充分にある。

 手荷物として持ち込んだクッションの袋から、入れておいた筆記用具を取り出す。未使用のメモ帳と共に。

 

 そして再び、書き始める…

 


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