アントワープ→ブルージュ
朝食のテーブル。ハムやベーコンの他に、ニシンの酢漬けやトマト煮が並んでいるのが、珍しい。
メトロのホームで、一日パスを買う。中心部のMeirまで乗り、まずはマイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館まで歩く。
開館直後のためか、ほとんど人がいなかった。4Euro。ブルジョア邸宅のプライヴェート・コレクションを拝見、という感じ。ブリューゲルは最上階(4階?)の居間みたいな部屋に掛けられていた。「ネーデルランド12の諺」と「狂女フリート」。
「フリート」はディテールを見ているだけでいつまでも飽きない。鈍いながらも強い怒り?を感じる以外、意味は全然分からない絵なのだけど。
見ていると、子供達を連れた女性がやってきて、真ん中の大きなテーブルを使って、何かの絵を描くワークショップの準備を始めた。やることは、ブリューゲルとは何の関係もないようだったけど、こういう環境で、というのは羨ましい。
次にトラムで、アントワープ王立美術館へ。 日差しも気温も高くなってきたが、幸い、停留所は、美術館の正面にあったので歩かずに済んだ。しかし、水分を補給しておかないと、もはや集中力が続かない気がしてきたので、入る前に、近所のカフェ に寄って、アイスティー(早速、お気に入りに)を頼む。1.75Euro。
美術館に入ると、常設だけにするか、特別展も見るか訊かれる。5Euroか8Euroかの違いらしいので、迷わず後者と答える。ここまで来て3Euroの差をケチっても仕方ない し。
常設は2階らしいので、エントランスの大きな階段をぐるっと上り、まずは順序通り、左手に進む。
最初の部屋では何と言っても、ヤン・ファン・アイク「聖女バルバラ」。 グリザイユ技法で、まるで素描のように描かれながら、細部まで描き込まれた描線に、完成作か未完成か議論のある絵だけど、実際に見た感じでは多分、下絵。 ヤン・ファン・アイクはもっと完璧主義者だという気がするのだ(あくまで印象だけど)。
だけど、そんなことは問題じゃない。なるほど、聖女というものがこの世の中にもしいるとするならば、きっと、こういう存在だろうと深く納得させられる傑作。軽々しく「傑作」というのはどうかと思うけど、こういう時に使わないでいつ使うのかというところ。
隣室に進むと、あのフーケの「聖母子」が。青、赤といった強烈な色彩に、現代の最新モードといってもおかしくないモダンな服装のデザイン。中世の地味な絵ばかりの部屋にあるだけに一層、人目を惹く。
というか、エッチなのはいけないと思います(^^;; 片乳をさらけ出す服装は、モデルとなった、王の愛妾が考案し、自分で実践したファッションだった、という話を前に読んだのだけど、本当なんだろうか。
左隣の部屋では、メムリンクの作品を修復している様子をガラス越しに公開していた。3人が、顕微鏡を見ながら作業をしていた。大変だ…
ファン・デル・ウェイデンや、マサイスも凄いと思う。ヤン・ファン・アイクを見てしまうと、やや分は悪いが。
美術館の左手奥は、ブリューゲル2世の間。何だか、子供の絵みたいだ。ブリューゲルの子供である、ということではなくて、技術的な稚拙さが。 「子供の絵」風ならではの暖かさ、というのもまたあるけれど。本人はそういうことに対する歯がゆさというのは無かったのだろうか。父の絵を随分と模写しているけど。
左側をぐるっと回ってきて、正面のルーベンスの大広間へ到着。とにかく圧巻。
こういうのが、ヨーロッパの美術館だと実感する。暑いせいか、足がだるいので、しばらく座り込む。ルーベンスを前にして(というか周り中そう)、一歩も歩けない状態。…ネロ、悪かったよ。昨日は言い過ぎた。きっとこういう気分だったんだね?
暫く休んで気を取り直したので、ルーベンスとファン・ダイクとヨルダーンスの違いとは何か、それぞれの絵を見ながら考えてみる。
で、その場の思い付き。
ファン・ダイクは「空を飛ばない」。彼の肖像画は大抵、やや下から見上げる構成になっていて、それがモデルの高貴さをよく表現していると、当時の王侯貴族に評判だったらしいファン・ダイクだが、その結果、重力の重さを否応なく意識させられる。ふわり、と登場人物たちが浮かび上がりそうな軽さとは縁がない。
勿論、ルーベンスだって、エル・グレコみたいな、重しがなければヘリウム風船の如く浮かび上がりそうな極端な「反重力性」は持ち合わせてないけど、視線はスムーズに空へ向かう心地良さがある。
だけど、ファン・ダイクの場合は、あくまで地べたから離れようとはしない。その辺の堅実さが私からすれば、やや詰まらない。
ヨルダーンスは皆、赤ら顔で、庶民的。活き活きしている、と言っても良いのかも。その代わり、ルーベンスのような画面の透明感は無い。だから、酔っぱらいの酒宴とか、ヨルダーンス的な内容だと良いのだけど、ルーベンスが描いていたような内容の絵だと、どうしてもルーベンスの劣化コピーに見えてしまう。
と無責任に決めつけては、ファン・ダイクもヨルダーンスも怒るだろうなぁ。
右の回廊の奥には、未整理の部屋 らしきものがあって、色々な時代の絵が部屋中、隙間無く掛けてあった。これというのも、ルーベンスが一人で場所を取っているから(そういう問題ではない)。
常設展の近代部門は1階。マグリット、デルヴォー、アンソールとか。
アンソールは有名な「陰謀」の他、初期の割と普通な作品も含め、何点も有った。
見ていて、アンソールはいい人だ、と思った。何の根拠もないけど。仮面については、例えば、つげ義春の狐面を見るのと似たような印象。いや、つげ義春がいい人かどうかも全然知らないけど。実際に作品を見て、初めて好きになった画家。
近現代では、少しマティス似の絵画が気になった。薄く明るい色彩で、白いキャンバスを残して平面的にさらっと描いている。今まで、名前を聞いたことがないのだけど。Rick Wouters?
1階左手で開催中の特別展は「ファム・ファタール展」。入り口には色々な映画のスチールが貼ってある。悪女物を中心にスクリューボールコメディとか、女性に振り回される映画が色々。基本的なものでは「めまい」とか。「雨月物語」まで有った。悪女物なのだろうか、あれは?
中は、ヤン・トロップとかクノップフとかの、サロメやセイレーンといった、その手の絵画がずらり。そうそう、こういうのが見たかったのだ。
まぁ、美術史上のファム・ファタールの代表作が集まっているというわけではなく(例えば、クリムトのような)、小粒であったのはやむを得ないところだけど、逆に普段見ることのない画家の作品がこのテーマで並べられていて楽しかった。
印象に残ったのは、Gustav Adolf Mossaのサロメ(首だけのヨハネに恍惚と口付けしている、金子國義風のサロメ)とか、Evelyn de Morganによるラファエロ前派風の(多分、王女)メディアとか。
というか、他にも、サバトの魔女をエロティックに描いている画家とか、本当は色々あったのだけど、買ってきた絵葉書が上の2枚しか無いのでよく覚えていないのだった。カタログは重い上に英語じゃないので断念してしまったし。
ともあれ、展示内容に満足して、館内のカフェでまたもアイスティー(今度は1.5Euro)を飲んでから、トラムで広場へ戻る。
暑いので、まともに食べる気力が全く起きない。ソフトクリーム屋(オーストラリア〜というチェーン店だった)でモカのソフト(1.25Euro)だけ食べてから、昨日のヤコブ教会へ。今日も閉まってる… 今度は時間のせいらしい。2時から。しかし、それを待っていては、電車に間に合わなくなるので、諦めて、駅まで(というか、ホテルまで)歩く。 3回は乗らないと元が取れない1日パスを結局、無駄にしている。
ホテルで荷物を回収、駅に向かう。自販機は直っていたので、今度こそは水を買おう、と思ったら、小銭が無かった。ここでは買えない運命なのか。
2時半過ぎに、ブルージュへの電車が発車。車窓はくもり。日差しが暑くないので助かる。
4時前にブルージュに到着。駅前に何もない。まさに広場。案内所は一体どこに。と思ったら駅舎の中だった。地図(0.2Euro)を買い(珍しく日本語版 が有ったのだが、高かったので、英語版にした)、ホテルのある通りを訊く。マルクト広場までバスに乗り、あとは歩け、と言われる。
言われた通りバスに乗り、広場、すなわちcentrumで降りたが良いが、実際には、5分くらいといえども、石畳の街を広場からホテルまで、荷物を引きずって移動するのは 非常に大変だった。
付いてみると、ヤン・ファン・アイク広場!のすぐ傍。しかも、広場にはバス停が有る。ここを通るバスに乗れば良かった…
宿は昨日と同じくベルギー・アラカルトで予約したホテル・ビスカイヤ。78Euro、1万700円。案内所で道を訊くのに出したりしている内に、今度はバウチャー自体を無くしてしまったが、別に問題はなかった。
フロントは、きさくな兄ちゃんだった。11時以降はドアが閉まるので、何とかと言われる(多分、どうやって入るかだ)が、よく聞き取れず。まぁ、それを越えることはないだろうから、別に良いや。
シャワーしかないけど、これはこれでオッケー。雰囲気はある部屋だった。
ブルージュの街は、まるで「中世のテーマパーク」のよう。宿に荷物を置いて、出た時点で、観光施設はどこも閉まっていて(5時で終了)、 (手持ちのEuroが底を尽き掛けていて、そこで替えるつもりだった)街中の観光案内所の中の両替所も閉まっていて困る。これでは今晩の食事すら…
しかし、バスで来る途中、広場の手前で見掛けたような気がした両替所を見付け、1万円を両替。 レートはともかく、これでとりあえず今晩は、飲み食いすることが出来るようになった。やっと心の余裕が出来る。
というわけで、広場で休憩。前に座っている人と同じビールを、と言ったらPremiusというビールが0.5L出てきて、5,6Euroだった。…高い。場所代? 美味しかったけど。
飲んだ勢いで、運河の遊覧ボート(20人位の乗り合いボート)にも乗る。 5Euroと、思ったほど高くなかったので。しかし、これでは、まるで観光客みたいだ。って、まぁ、観光客なんだけど。
船長は何カ国語も使って、各国の観光客に案内していた。ただし、さすがに、日本語は無かった。
その後、町外れの湖まで歩き、しばらく周囲の運河に沿って散歩した後、中心部に戻る。曇ったせいか、暑くない。今回の旅では初めて、こうやって異国の街を歩いていることがとにかく楽しいと思う。気温は重要だ。
広場で夕食。ベルギー料理の代表として、シチューを頼むつもりが、つい兎を頼んでしまう。 もしかしたら、私は兎肉に何か憧れがあるのかもしれない。サム・ワイズ? 隣席と同じようにガーリックトーストを持ってきたり、野菜を?というので、 温野菜を頼んだりしたところ(定食内の野菜の選択かと思っていた)、最後に36Euroを請求される。
本来なら、22,3Euroで済んだ筈で、誤解を誘うような訊き方をわざとして、ボられたことに気付く… しかし、野菜が不足していたのは確かだし、と諦めて支払う。悔しいが、これもまぁ、経験というものか。
今日は昨夜の反省に基づき、水を2本確保して帰ったが、涼しくて1本も全部飲まなかった。というかむしろ寒い。
補足
・ヤン・ファン・アイク「聖女バルバラ」…このページの「St
Barbara」
・フーケ「聖母子」