空の蒼さを 見つめていると
開店後、初めて入ったヨドバシ横浜店にて。ようやく(と言っても前のが壊れてから3日目だけど)、TVを買いました。
購入したのは東芝23LC100(130千円+20point)。…昨日の話は何?という感じですが、昨年の夏頃は20LC100を検討していたので、元に戻ったと言えなくもない。結局、サイズから決めたというか、20型ワイドだと今までと同じなので、どうせなら一回りだけ大きくしようと、23型に決めたら、価格及び性能のバランスから、これ以外に選べるTVが無かった。
このLCシリーズの弱点は入出力が貧弱なことで、HDMI端子はともかく、光デジタル音声出力まで無いのには悩んだが、考えてみると、RD-X5に録画したものを見るのが大半で、リアルタイムで見るのはニュース位だから、付いてなくても、そう困らない、筈。
ともあれ、(有給消化日の)明日の昼には配達される予定なので、休み中にTV視聴環境が回復する見込。やれやれ。
その後、「新居昭乃20th anniversary live series 〜Cosmo lncognita〜」@Zepp Tokyoへ。ゆりかもめに乗ったのも実は初めてで、Zepp Tokyoがある青海に着いたら、結構ギリギリだった。もっと新橋の近くかと思ってましたよ。
今回のライブは椅子席。彼女のライブは静かに聴いているだけだからスタンディングだと辛いので、非常に有り難かったのだけど、ゆったりし過ぎて、前半、意識が落ちそうになる。場内の気温も高かったし。メンバー紹介後の後半は冷房の空調も入ったこともあり、目が覚めたけど。まぁ、そういう時はいっそ寝てしまうのもこの世の贅沢かも 。
「書の至宝」@東京国立博物館、と「魔笛」@新国立劇場、な一日。
でそれ以上に、TVを何を買うかでずっと悩んでいた一日。…結局、結論が出ず、買わずに帰ってきてしまった。
コストパフォーマンス的にはビクターLT-26LC70が26インチ以下ではベストなのだけど、六畳部屋を横向きに使っている現状、それではやはりオーバーサイズ過ぎ。むしろ、条件に合うのは、パナソニックTH-20LX60。新製品ということで価格的には割高だし、初期不良が恐いので発売されたばかりの商品は嫌なのだが、ちょうど良いサイズのこの20型で、HDMI端子等の機能が整っているのは他に無いし、同サイズの中では一番まともな画質。本当は様子を見てからにしたいところだけど、悩んでいる暇は無いので、明日、新居昭乃のライブに行くついでに、思い切って購入してしまう方向で検討中。
NIKKEIプラス1(日経の土曜日別冊)の今週の「何でもランキング」は「一度は見てみたい名画」(インターネットでの調査会社による調査)。
1.レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナリザ」、2.ゴッホ「ひまわり」、3.ムンク「叫び」、4.レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」、5.ピカソ「ゲルニカ」、6.ミレー「落ち穂ひろい」、7.ミケランジェロ「最後の審判」、8.モネ「睡蓮」、9.ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」、10.フェルメール「真珠の耳飾りの少女」。
…だそうな。どの絵を指すのかよく分からないものも有るけど、この中で実物を見たことが無い物といえば、ムンクの「叫び」だけか。まぁ、あれは(一番有名なバージョンは)盗まれたままで、今のところ、いかんともし難いわけだけど。自分の中の10点とかを選ぶと結構、面白そうな気もしてきたので、今度、選んでみようかと。
この週末、BS-hiでチューリヒ歌劇場の「皇帝ティトゥスの慈悲」を放送するというのを、二期会のコンヴィチュニー演出の同作品を4月に観に行く予習として楽しみにしていたのだが、気が付いてみたら、既に放送中… TVが見られないから、こうなってしまうわけで、やはり早く購入しないと。
先程、部屋のTV(20型ワイド)がいきなり臨終を迎えた。アーメン…
まぁ、購入してから既に11年位は経つ超年代モノではあるし、先月終わり辺りから、ブラウン管の写りが時々おかしくなっていたりしたので、駄目になる日もそう遠くは無いだろうと薄々予期してはいたのだけど、1月中に映らなくなるとは思わなかった。本当に突然、プスンと逝ってしまって、人なら大往生というべき、そのあっけなさには驚いた。
勿論、買い換えを先延ばししていたのにはそれ相応の理由が有って、現在必要なスペックと将来的に必要なスペックが一致しないため、様子見が続いていたのだった。
一つは地デジチューナーの有無で、もう一つは画面の大きさ。今の部屋的には20〜23インチ位がちょうど良いのだけど、そのサイズでは却ってバリエーション不足&割高。
とはいえ、RD-X5の残量も相変わらず厳しい現状、TVが全く見られないという状態は非常に困るので、すぐにでも新しいものを購入してくる必要が。というわけで、明日、「魔笛」の帰りに、新宿のヨドバシ辺りでチェックして、出来たら、即刻購入してしまおうかと。大体、昨年夏に居間のTVが壊れなければ、部屋のTVをまず買い換えしている筈だったわけだし。
多分、26型を購入するしか無いと思うのだけど、日常的に見るには大き過ぎるサイズではないか、やや不安。見ている内にすぐ慣れるかもしれないが。
日記を付けていて気付いたけど、今週は毎日、何かしらアクシデント、それも物が駄目になる、が起きているような? 月が変わったら運勢が好転することを祈るばかり。
週末の1/28には新国立劇場の「魔笛」を観に行く予定。
「指輪」と違って、予習も要らないし、観るのも気楽で良いよなぁ。と思っていたが、新国立劇場といえば「モーツァルト・イヤー シールラリー」なるものを昨年からやっていて、昨年の「コジ・ファン・トゥッテ」と「フィガロの結婚」の時に貰ったシールを貼ったカードが有ったことを思い出し、探してみたら、一年近くも前のことなので、どこにやったか正確に思い出せず、1時間半以上 に渡って捜索を必死に続けた結果、ようやく発見することが出来た。
そんなに大したものが貰えるとは思えないのだが、こういうのって、途中で放棄するのも何か悔しいので。
明日は何とか早く終わって、「書の至宝」を見に行こう。と思っていたのだが、 念のために東博の展覧会概要を確認したら、何と!夜間延長無しだった。主な対象者は高齢者だから、夕方以降だと来ないという読みなんだろうか。前から書いているように、私は書の良し悪しについては全く分からないのだけど、それだけに、こういう機会に、出来るだけ空いている状態で見たいと思っていたので、夜間延長が無いとは何ともがっかり。…まぁ、事前に気付いただけ、良かったというべきかも。
と捜索に疲れ、失意を感じたところで、インフォシークから、更新料金を払わなかったので、アクセス解析を停止しましたよ、というメールが。…そういえば、そんな予告が2週間くらい前に来ていたような。忘れてたけど。まぁ、この機会に他のところのサービスを探せば良いのだけど、各社を比較検討するのと、各ページのタグを張り替えるのが結構面倒(と思って、今まで更新してきたのだった)。来週月曜は有給消化日だし、その時にでも変えることにしようかと。
ちなみに、アクセス数などを気にするサイトでもないのに、何でタグを貼っているかというと、それは単に、ここに辿り着く検索ワードのはやりすたりに興味が有るから。
いつものように朝食としてクラッカーを食べていたら、奥歯に被せもの(クラウンというんだろうか)が、いきなりぽろっと取れた。
このまま放置しておくわけにもいかないので、歯医者に行かなければ… 数年前にこれを治療して貰った歯医者でもう一度診て貰うのが一番良いんだろうな。
だけど、当時は官公庁街(あの一帯はどの通りにも必ず1軒以上の歯医者が有る。自分の勤務時間を歯の治療に当てている国家公務員がいかに多いかということかと)の某所に出向していたので、昼休みに集中して通うことも出来たのだけど、今だと夕方6時台に 都度、予約を取って、しかもそこまで地下鉄に何駅も乗らなくてはいけないことに。予約した日が必ずしも定時に退社出来るとは限らないし、通うのって結構、難しそうだ…
帰りに山野楽器に寄って、鈴木祥子「鈴木祥子」を買ってきた。
というわけで、3/19のインストアライブの参加券も入手したけど、これって当日の午前に、整理券と引換えないといけないのね。面倒だな… でも立ち見は避けたいので、早く行った方が良いのか。「鈴木祥子」は一回聴いたけど、どれも、ながらで聴くタイプの曲ではないので、今のところ、掛ける機会は多く無さそう。未シングル曲の中では、「忘却」がベスト かな。
毎朝の通勤電車で先頭車両に乗り込むといつも、彼等が降りる隣駅までの一駅間を大きな声で会話する小学生数人がいて、「朝の電車は二度寝の時間」と決め込んでいる私にとっては割と迷惑 な子供達だ と思っているのだが、今日の彼等の話題は普段の日常会話と違ってライブドア事件についてだったのが、妙におかしかった。しかも、その中の一人が他の子供達に熱心に事件の「解説」をしていたのもまたおかしくて。(横から聞いていると、その「解説」内容が微妙に正しくないようなのだが、それを皆、真剣に聴いているのが更におかしかった)
事件発覚後、世間では、ライブドアを虚業とか散々言っているけど、小学生にとっては今のライブドアこそリアルな存在と言うべきなのかも、と眠い頭でふと思ったりもした。
明日1/25は、鈴木祥子の5年振りの新作でのニューアルバム「鈴木祥子」(Amazon)の発売日。
発売を記念して設置された、発売元wonderground内のvoiceblogページでの本人のトークを聴いていたら、昨年シングルとして発売された「LOVE/IDENTIFIED」のイメージの元が、とある映画から来ていると語っていたので驚く。何と、あの映画からこの曲が出来たのか。そう言われると、 なるほど、そういう気もするような、しないような…
昨年、京都に引っ越して以来、こちらでのライブが少なくなったのが残念だが、公式サイトによれば、3/19に銀座山野楽器でのインストアライブがある様子。CDは山野楽器に買いに行こうかな…
ジェイン・オースティン好きとしては、映画「プライドと偏見」は (出来がどうであれ)当然、観に行くつもりなのだが、その前に原作を読み直しておこうと思い立つ。
どうせなら前回(岩波文庫版)と違う翻訳で読もう、と新潮文庫版を市立図書館で一応予約しておいた。その引き取り期限が明日まで、というわけで、昨日の雪が未だところどころに残る道を、図書館まで回収しに。
館内を彷徨いている内に、先日の「「かわいい」論」に関連して、類似分野への既往の言説を確認しておいた方が良いか、という気がしてきたので、「萌え萌えジャパン」「オタク・ジャポニカ」「「戦時下」のおたく」、といわゆる「オタク論」的な本を3冊ほど借りてみた。…まぁ、不毛のジャンルで、読んでも殆ど無意味かつ楽しくない、と分かってはいるのだけど。
でも、とりあえず先に読むのは、楽しんで読める「自負と偏見」の方から。
今週のBS2では「モーツァルト・イヤー歌劇特集」と題して、モーツァルトの歌劇を4本放映。
モーツァルトの歌劇ならば何でも観る!と言いたいところだが、RD-X5の残量も依然として厳しいし、評判の良いチューリヒ歌劇場の2本だけ録画しておこうかと。実際に観るのは当分先のことだろうけど。この週末は(「指輪」の呪いを払うべく)新国立劇場の「魔笛」を観に行く予定だし。
そんなわけで、少しでもHDDの残量を増やそうと、今まで録る一方だった美術番組のフォルダから、「美の巨人たち」を、土田麦僊の回から黒田清輝の回までを、ほぼ倍速で消化。昨年の5月から7月の辺りと遙か昔の放送ですが。この中ではル・コルビジェの「小さな家」の回が一番面白かったかな。 一方、人気投票の回はやっぱり最大公約数的な結果でしかなかった。
終わった…
雪で閉じこめられたこともあって、「神々の黄昏」のDVDを一日見ていた。ようやく、これで「指輪」が終了。思えば長い道程だった… 4夜を合計するとDVDだけで約15時間半、東京文化会館(マリノフスキーオペラ)で見た2夜を更に加算すると24時間近く。「24」なら1シーズン、25分のTVアニメなら4クール(と書くと、それほど大したことは無い気がしてきた)。
まぁ、「神々の黄昏」の後半ともなると、さすがに盛り上がりましたが。でも、やはり長い。こういうものに付き合っていると、私が常々目標としている、静かで穏やかな日常生活を破壊するので、単品の「ワルキューレ」公演等は別にして、当面、「指輪」には近寄らないつもり。というか、ワーグナーは年に1本くらい観れば充分だと思う。
そういえば、先週観たマリノフスキーオペラの感想を書いてなかったので、ここで簡単に。観たのは1/12の「ワルキューレ」と1/14の「ジークフリート」。
ゲルギエフ指揮のオケはパワフルで、立ち上がりが早いスポーツカーの排気音のような印象。金管がバリバリ鳴るというか。聴く分にはそれだけでも楽しかったけど、逆にしっとりとした情感は余り無かったとも言える。
あの巨像4体とお地蔵さん達による舞台美術は何だかよく分からず(上の席からだと特に)。「ワルキューレ」の第3幕で、頭上に釣り下げられた巨像がグルグルと回転する辺りは、空を飛んでいる場面の表現としてはなかなか良いと思ったけど、「ジークフリート」では面白い効果を挙げているシーンは余り無かった。ただし、結構軽い素材なのか、「ジークフリート」の冒頭、石舞台のように置かれているその上でジークフリートが飛び跳ねたら、下に隠しているノートゥングの破片がポロッと落ちてきた時には、笑うところなのかと思った。リハーサル不足過ぎ。少し後で、ミーメ役の人がそしらぬ顔で、元々あった像の隙間にまた押し込んでいたので、更に笑いそうになった。
全体的に象徴的な演出という感じだったが、例えばノートゥングを鍛え直すシーンではやはり鉄床をバッサリと斬って欲しいわけで、フリをするから分かってね的な演出は観ていて、ちょっと淋しかった(あの巨像の舞台でそれをするのは難しいと思うけど)。
1/12の「ワルキューレ」は体調不全からか、何とブリュンヒルデを含む3人が代キャストだったが、凄くはないにしろ、割とまとまっていたという印象。一方、1/14の「ジークフリート」はミーメは凄く良かったけど、ジークフリートは明らかに役者不足(そうそういないと思うが)。で、一番悲しかったのが、ブリュンヒルデ (1/12とは別キャスト)。神々しさとまではいかなくても、歌唱力(と容姿!)にはそれなりの説得力が欲しいわけで。百年の恋も冷めるぞ、と(2幕目からは空いている下の席で観ていただけに)思ってしまった。お陰で3幕が盛り上がらないことこの上無い。公演後、「ワルキューレ」では割と拍手が送られていたけど、「ジークフリート」ではブーが結構多かったのは、きっとあの3幕の印象が大きかったに違いない(^^;;
大体、衣装がなぁ… ブリュンヒルデらワルキューレの服装が足先までの黒いロングドレスなのはともかく、そり込みが入っているような前髪と縦に白いラインが入ったモヒカン狩りのような長髪の鬘を付けた姿は、まさしく昭和後期の漫画に登場する長ランを着込んだレディースの皆さんそのもの。まぁ、やっていることは似ていなくもない 、気もするけど。
あの黒ドレスの内側には絶対、「悪窮麗」といった文字がラメ糸で縫い込まれているんだ、と観ている間中、思っていたのは秘密。
ポーラ美術館にはいつか行こうと思いつつ、なかなか行けないままでいたので、渋谷でそのコレクション展が見られるとは便利な時代?になったものだと、と喜んで帰りに寄ったのだが、そう思った人は少なくないと見え、夜間にしてはそれなりに人が入っていた。それとも、「印象派展」なら何でも、これ位、混むものだったっけ?
ええと、やや複雑な言い方になるけど、「期待せずに行くと、思ったよりもずっと良い」という感じかと。通常の展覧会より、画家一人当たりの点数が多めなので(その分、画家の数は少ないわけだが)、一人一人の画家と対面する時間が長く取れるのが長所で、モネやセザンヌについては特に質量が揃っていた気がした。
ただし、それぞれの画家にとって最高点の作品かというと、まぁ、そうではないなぁ、と正直思ったりも… コートルード・ギャラリーとか見てしまうとね… でも、見ていて心躍るようなカラフルな作品も多かったし、それなりに楽しかった。私の好きなボナールの絵が、結構な点数が有ったので、それだけでも割と満足だったし。
四方田犬彦「「かわいい」論」(ちくま新書)(Amazon)。
「かわいい」という形容詞を著者が最初に気になったのは昭和の晩年のことだというが、私が「かわいい」という文化の流行について懸念を抱き始めたのも、実はその頃のことで、それ以来、ずっと気になっている事柄を、四方田犬彦が分析しているということで、この本は非常な興味を持って読んだ。
なるほど。多方面に目配りが効いている文章で、興味深い箇所が多いとは思うのだが、盲人が象を撫でる寓話ではないけど、結局、外側から色々と撫でてはみたももの、内側にずばっと切り込めないまま終わってしまったという感じも。蛮勇でも良いから、鮮やかな切り口を見せて欲しかった。
でも、現代の日本文化を考える上で、一度読んでおく価値は有るかと。 ここで示唆されている内容については、いずれ参照する必要が出てくると思う。
「ミヒャエル・ゾーヴァの世界展」@銀座松屋。
何だか、やけに混んでました。う〜ん、良くも悪くも、絵本画家の原画展だなと。絵本というジャンルには詳しくないのだけど、これよりも遙かに素晴らしい絵本画家って、日本人含めて、幾らでもいるような。
どうして、こんなに人が来ているのか謎だったが、やはり「アメリ」(美術を担当)効果? 考えてみたら「アメリ」自体、映画が別に好きでない人が喜ぶような映画だったし、同様の適度に不思議っぽい凡庸さが、多くの人に受け入れられる要素なのかも。
ところどころに、クスリと笑える位の面白さは有るのだけど、原画で見たからどうというものではなく。ディック・ブルーナの「ミッフィー」の原画には感動したのに… あ、分かった。私は線が引ける画家が一番好きで、次が色彩。ミヒャエル・ゾーヴァの場合、線も色もどうということはなく、発想も常識的… だから何?と思ってしまうのだろう、きっと。
「魔笛」好きとしては、「魔笛」の絵本が、絵本としてはそれほど面白いと思えなかったのも失望の一因。歌劇場での美術としては良かったのかもしれないが…
メトのDVDで「ラインの黄金」の後半を見終わる。ようやく、残るは「神々の黄昏」だけ?になったか… あと、4時間半……
本日発信の東京創元社のメールマガジンで、3月刊行予定の作品の中に、D.W.ジョーンズの新刊が! 「ハウル」バブルによる翻訳ラッシュの後、約1年振りの翻訳作品は「バビロンまでは何マイル〈上・下〉」らしい。
…しかし、今回は今迄の創元推理文庫ではなくて、創元ブックランドでの刊行予定。東京創元社としても(「ハウル」以降、売れるようになった彼女の作品なら)単価の高い単行本で売りたいということなんだろうけど、個人的には単行本は場所を取るから嫌なんだよなぁ。しかも、上下巻… まぁ、良いですよ、新刊を出してさえくれるのなら。
タイトルはマザー・グースだけど、川原泉の同名の漫画のように、時間遡行の話だったりするんだろうか。二つ以上の世界を(せわしなく)行き来することは間違いないだろうけど。
今日の仕事は予想より遙かに早く終わったので、嬉々として早々に帰宅して、溜まっていた新番組のチェックなどをしていたのだけど、あの時間なら、板橋区立美術館の「赤ずきん」と名作絵本の原画たちを見に行くことも実は出来た筈、と後になって気付く。
「赤ずきん」の歴史的変遷を各国の絵本240冊等で辿るという展覧会で、ぜひ行ってみたかったのだけど… まぁ、良いか。西欧の童話の中でも、「赤ずきん」は自分の守備範囲?からはやや外側なので。それに、連日の「指輪」でさすがに疲れ気味ではあるし。
今週からは当面、微妙に忙しくなる予定なので、更新頻度は(元から高くないけど)落ち気味&展覧会に平日行ける頻度も減少傾向になるかと。でも、週に一度、帰りに美術館に行く位の余裕は出来るだけ維持したいと思います。行った感想が更新出来るか、はまた別の問題ですが…
とりあえず、ちょっと気になっている「ミヒャエル・ゾーヴァの世界展」(銀座松屋)は1/18〜1/23と会期が短いので、早めに行くようにしたい。その際、帰りに「火焔太鼓」のコーナーを覗くのを忘れないようにしないと。
マリンスキー・オペラの「ニーベルングの指輪」の内、1/12の「ワルキューレ」、1/14の「ジークフリート」を東京文化会館で 。
感想は後日、書く気力が有れば(明日は朝から仕事なので)。ゲルギエフ指揮によるオケはとりあえず良かった。
「指輪」を観るのは今回が初めてなので、それぞれDVD(メトのレヴァイン盤)で予習して行った。結果、今週は4時間分の作品をのべ4回ほど観た計算に。…ああ、もう何だか疲れました。「指輪」とは暫く縁を切りたい気分。だけど、この「指輪」って実は、第3夜「神々の黄昏」のために他の3作が有るのであって、そこまで見ないと観た意味が余りないのだった。
このままだと気分的にすっきりしないし、この際、思い切って、今月中に「ラインの黄金」の後半部分(観てない)と「神々の黄昏」も観てしまった方が良いのかも。とはいえ、「神々の」だけで4時間半… 1月開始の作品とか全然チェック出来ていない(毎晩「指輪」を少しずつ「予習」していた)ままで、早く消化しないとHDDの残量も危ういというのに。
こういうのも、指輪の呪いというんでしょうか。
ちなみに、そこまで時間を割いておきながら、個人的にはそれほど有り難い作品とは思えないのが悩みどころ。19世紀の民族主義というか、ゲルマン文芸復興としての「指輪」 の物語自体にはそれなりに興味があるのだけど、オペラとしては余り惹かれず。でも、6月のメトの来日公演では、また「ワルキューレ」を観に行く予定。まぁ、ドミンゴだし(ミーハー)。
幸い、風邪はほぼ治ったようなので、明日は多分、無事に見に行けるのではないかと。熱心な人の場合、「リング」は今夜の「ラインの黄金」から第3夜の「神々の黄昏」まで、チクルス(シリーズ)を全部通して観るものらしいけど、その間、仕事とかどうしているんだか。私の場合、明日休むのだけで精一杯ですが…
今回の風邪はお腹ということで、医者が処方した薬の中に、ビオフェルミンも入っていた。ビオフェルミンというと、思い出すのはピーター・シェーファーの戯曲「エクウス」。
厩舎の6頭の馬の目を全て潰したというセンセーショナルな事件で保護された青少年と、彼を担当した精神分析医の会話を通して、そこで実際に何が起きたのかという謎の真相が明らかにされていく話。青少年の異常心理描写が狙いかと思いきや、実は、精神分析医の潜在的な葛藤こそが本題だったという作品で、「自然」な青少年への「羨望」を口にする、常識人たる彼の「告白」が劇の構造を支えている点等、同作者の後年の「アマデウス」とよく似た部分も多く、個人的には「アマデウス」よりも面白い作品ではないかと思っているのだけど、それはともかく、何故、舞台で観たこともない芝居の内容をよく覚えているかというと、単に、大学の教養部時代の英語のテキストだったから、ということだったりする。
英国の精神科医ダイサート(自称ギリシャ好き)が、自分の生活を自嘲する台詞の中に、突如、「biofermin」と日本語?でも知っている台詞が出てきたので、印象に残ったのだ。テキストの方は既にどこかに行ってしまったが、当時アンチョコ用(笑)に購入した翻訳本の方は何故かまだ有ったので、該当箇所を引用すると。
「文明の母胎の中への野性的な回帰! 毎年三週間、ペネロポリスで過ごす。宿は全部予約、食事もすべてクーポン、レンタカーのフィアットで慎重なドライブ、化粧袋にはヴィオフェルミンをつめこんでね! なんとあっぱれなる原始的なるものへの降伏か。そしてその原始的という言葉をのべつ口にする。 〜(略)〜 こうして私が、ギリシャで、想像力とは縁のない女に、ただ言葉の餌をちらつかせているあいだ、あのすっとん狂の少年は、それを現実として呼び出そうとしていたんだ!」
ああ、何だか、他人事にはとても思えないんですけど(^^;; これを読んで以来、私にとって、ビオフェルミンといえば、「へちょい」現代人を象徴する言葉に。
まぁ、これだけよく風邪を引くということは、実際そうなので、完治するまでは大人しくビオフェルミンも飲むことにします。
昨日は風邪を引いて、午後からずっと寝ていた。八幡宮に初詣なんて、滅多にしないことをしたから、バチが当たったのか(違
今回の風邪はお腹に来て体がだるくなるタイプで、食欲が無く、この2日間、ほとんど何も食べられず。これほど「食べられない」状態が続いたのは、前にイスタンブールで水か油か何かに当たって、3日間「断食」して以来… まぁ、「ワルキューレ」を見に行く12日までには、何とか治したいと思っているんですけど…
ふと気付いてみたら、小学館「日本国語大辞典」の全3巻の精選版が刊行中の様子。第二版を一揃い持っている者としては、今回の精選版までは要らないと思うけど、持ってなかったら間違いなく、今回の精選版を購入していた筈。
チケットを発券しに、鎌倉(のファミリーマート)まで。途中、八幡宮に寄ってみたら、行列するほど混んでなかったので、ついでに(八幡宮へ)初詣 。
私は、八幡宮の本宮までは滅多に行かないので(実際のところ、十数年に一回くらい)、この時期、大銀杏の階段前で、両側の警備員が持ったロープを上げ下げして交通規制をしているとは知らなかった。まぁ、確かに上はひどく狭いけど。 何だか、郵便屋さん、お入んなさい、という感じ。でも、正月三が日は開かずの踏切みたいになるのだろうなぁ。
ところで、その警備員が皆、ワインレッドな赤一色の軍服みたいな服装で立っているのにはびっくり。警備会社の制服だろうけど、何かのアニメのコスプレかと思った。
珍しく八幡宮の中まで入ったので、国宝館と県立近代美術館と別館にも寄る。国宝館は「氏家浮世絵コレクション」の特別展示中。「北斎展」で見掛けた作品も含めて、北斎が10点ほど展示されていた。
近代美術館は所蔵作品展の「昭和の名作展」。外の賑わいが嘘のようにひどく閑散とした館内。まぁ、無理も無いけど。1枚1枚じっくり見れば、興味深い絵も多いのだが、一言で言うと、 ちっとも「楽しくない」。これが日本の近代美術史を代表する画家達の成果かと思うと、何か、こう、絶望的な気分に陥る。「昭和の名作」とはせいぜい、この程度でしかないのかと。
別館はゴヤの版画「気まぐれ」と「戦争の惨禍」。前者は通して見たことが無かったので、この機会に見られたことは良かったけど。1月に、ゴヤの版画を展示する近代美術館の感覚はよく分からない。もっと華やかな展示で、初詣の参拝客を呼び込むとか、そういう発想は無いのだろうか。
ちなみに、発券したチケットは、今週見る予定のマリンスキー・オペラの「ワルキューレ」と「ジークフリート」。
ということで、今頃になって急遽、METのDVDで予習している私(遅過ぎ)。とりあえず、今晩は「ワルキューレ」を、第3幕序曲の「ワルキューレの騎行」が掛かるところまで。しかし、ここまで見るだけでも既に3時間 が経過… まぁ、「ワルキューレ」はあと1時間強だから明日には見終えるだろうけど、「ジークフリート」の方は行くまでには間に合わないかも…
電話で、7/2の「ノルマ」@横須賀芸術劇場のC席を予約。これで私も、地元の横須賀芸術劇場デビューですよ。
それにしても、先月までの予約分に「ノルマ」を追加したことで、6/11からの一ヶ月は週一以上のペースで、オペラ鑑賞が続くことに(計5本)。楽しみといえば凄い楽しみなんだけど、疲れそう…
天気も良いので、今年初めてのlong walk。というか、毎年お参りしている近所の社にようやく「初詣」してきた。
まぁ、正確には神社じゃなくて、明王院だけど。この時期、境内には五星の今年の運勢表が置いてあって、毎年それを見る(そして良い時だけ、信じる)のだが、今年は開運の年になる、ということなので、勿論、素直に信じることにする。
いつもの丘陵を散策している途中、地面に向かって食事に忙しい小鳥を見掛けた。茶色くてお腹が丸い。戻って調べたら、アオジらしい(多分)。それにしても、警戒心が無いのか、2m弱まで近付いても全く逃げる様子が無かったのは、野生の鳥としてどうなんだ、とちょっと思った。
「パール展」@国立科学博物館。
ううっ、寒い。と思ったものの、せっかく早く退社した金曜夜なので、前売りを買っておきながら、いつのまにか会期終了が近付いてきたこの展覧会へ。
ええっと、やっぱり、私には、豚に真珠、でした…
というオチのフレーズを見る前から用意?していたのだけど、実際のところは、割と面白かったりした。普段、縁がない分、真珠を作る貝は沢山有る、といった程度の知識ですら初耳で。というか、いわゆる「真珠」のイメージであるアコヤ貝からの養殖真珠が「真珠」として認められるようになるまで(養殖が成功しても暫くは評価されなかったらしい)、「真珠」といえば天然真珠しか存在しなかった、ということを意識したことが無かったのに初めて気付いた。だからこそ、貴重だったわけなのか。
「翡翠展」もそうだったけど、真珠の収集と流行は、思っていたより地域的・時代的に著しく偏りが有るのが、興味深い。例えば、ローマ時代には真珠は軍資金になるほど価値があって、カエサルのイギリス遠征もスコットランドの淡水真珠を目的としたという説も有る位らしいが、その後、真珠が脚光を浴びるのは 、大航海時代を迎えて中南米からの真珠が大量に入ってきた後の話で、ルネサンスのイタリアやテューダー朝の英国で真珠を豪勢に装飾した貴族や王の肖像をよく見るのは、その結果らしい。(だから、真珠のイヤリングで飾り立てたお姫様が登場する中世風ファンタジー作品など、本来、有り得ないことも分かる。)
養殖技術についても詳しく解説されていて、外科手術みたいだなと。アメリカ産淡水二枚貝を削った丸い核を、他の貝から切り取った外とう膜と一緒に専門の器具で埋め込む。これが人相手だったら、悪魔の所業みたいな手術だけど。
ちなみに、進化する養殖技術として、貝の開閉の動きを捉えることで、赤潮の発生等、海水の状況を把握するシステムが紹介されていた。その名も「貝リンガル」。…駄ジャレか よ。
ところで、次の科博の特別展は「世界遺産ナスカ展」らしい。
といっても、ナスカの地上絵を持ってくることなど出来ないわけで、いつものように凸版印刷と組んでのバーチャル映像が売りの展覧会みたいだけど、それで1400円というのはちょっと高くないかと。そうはいっても、見に行ってしまいそうな気は する… 1400円でペルーに行けるわけでもないし。
TVでぼーっと見ていた、NHKニューイヤー・オペラコンサート。
後半は「カルメン」のダイジェストだったのだけど、第4幕のエスカミーリオが華々しく登場する場面でいきなり終了。…ええっ? それじゃあ、全く別の話(エスカミーリオ万歳!)になってしまうのでは? いや、まぁ正月だし、無理心中みたいな場面で終わるのもどうかとは思いますけど。
今日の日経に、「若冲と江戸絵画展」の情報が。以前から、TVや雑誌で話の出ていた、プライスコレクションの里帰り展ですね。
東京国立博物館が7/4〜8/27、京都国立近代美術館が9/23〜11/5、九州国立博物館が2007年1月〜2月、愛知県美術館が4月〜6月。と割と長期間に渡って日本を巡回するのが特色かも。プライスコレクションといえば、若冲のコレクションで有名だけど、今回来る「約百点」の中にどれ位含まれているのかは不明。タイトルにもある位だから、「鳥獣花木図屏風」1点だけってことは無いだろうけど。
ちなみに、個人的には、東博よりはもう少しフレンドリーな雰囲気の場所で見たかったんだけどなぁ。どこかと言われても困りますが。昔のサントリー美術館みたいな所で。
正月向きの話題ということで、七福神の話をしようかと。いきなり、唐突ですが。
というのは、昨年、関西の方との会話で、「七福神巡り」という言葉に対して、「え、七福神って巡るものなの?」という反応があって、すごく驚いたのだった。それを言うなら、何でまた「えべっさん」だけ「商売繁盛で笹持ってこい」なの?と関東人としては前々から言いたいところだが、どうやら「七福神巡り」というのは思ったより地域に左右されるローカルな行事で、関西では余り流行してないらしい、ということに、その時、初めて気付いた。
まぁ、私も知っているとは言っても、初詣すら(混み合う有名な神社には)面倒なので行かない私が、正月に七箇所もお参りする筈も無く、机上の知識でしか無いのだけど。
大体、「七福神」って何?と調べ出すと、どうもはっきりとしない。その中では分かり易かったのが「七福神大研究」というページ。どうやら招き猫のファンサイトらしいが、縁起物としてのライバルを研究する、ということで割と詳しく書いてあった。
簡単にいえば、七福神は室町時代に京都で生まれ、江戸時代に「七福神巡り」としてブレイクした、ということらしい。意外だったのは、七福神の中身が結構、変わっていることで、このページでは、その変遷をモー娘のメンバーチェンジに準えているのがおかしい。
で改めて、全国の「七福神巡り」を探すと、東高西低というか、大阪近辺での「七福神巡り」は確かに少なかった。まぁ、いらちな関西人には「七つ」は多過ぎるよなぁ…
ところで、正月の七福神といえばもう一つ、「宝船」の絵で『なかきよ』ですが、昨年の「北斎展」に、若い頃の北斎による宝船の版画が展示されていて、その背景には、あの回文「なかきよの とをのねふりの…」も書いてあった。(あの分厚い北斎展の図譜を購入した人は、図版22(宝船)を参照のこと)
すごく混雑した北斎展の会場で、「あ、ロサ・カニーナ…」と思った人は(私以外に)果たして何人いたのだろうか。
そういえば、今気付いたけど、『なかきよ』は(紙を宝船に折るかはともかく)、良い初夢を見るために、枕元に「宝船」の絵を入れるという風習だった。今年の初夢というと、今朝の夢。…既に全然覚えていないんですけど。どうなんだろう、それって。
あけましておめでとうございます。
ここ2年ほど、正月といえば割とダウナーな気分で過ごしていたので、そういう意味では久々に穏やかな正月を迎えた気がします。まぁ、今年は無駄な力を抜いて、のんびりと(でも、出来るだけ溜めずに)続けていけたら良いなと。
読売新聞主催の今年のイベント予定に「ベルギー王立美術館展 〜ブリューゲルからデルヴォーまで〜」の記事が! しかも、ブリューゲルの「イカロスの墜落」ですって? 同じ読売系で今年予定の「プラド美術館展」よりも凄い企画だ。
私自身は現地で見たので、個人的には新たな発見がそう有るとは思わないけど、「ルーブル美術館」が有名過ぎる一方、「ブリュッセル王立美術館」(アントワープにも「王立美術館」が有るので都市名で区別するべき)の評価が(という以前に知名度が)低過ぎる日本で、そのコレクションがごく一部でもきちんと紹介されることは、やはり嬉しい。
まぁ、本当のことを言えば、あそこのブリューゲルで一番魅力的なのは同じ「落ちる」でも「反逆天使の失墜」の方だったんだけど、あれは安心して説明出来る「名画」のイメージじゃないので(むしろ、パウル・クレーとかミロに近い感じ)、こういう展覧会では無理だろうなぁ。読売/日テレ系はセンスが保守的だし(商売としては当然だと思う)。
他の画家は数合わせというか、主要作を貸してくれると期待しない方が良さそう。でも、コレクションの基本的なレベルは高いので、小品でも結構見られる作品が並ぶ筈。そうそう、ダヴィッド「マラーの死」を借りてきて、こちらこそがオリジナル、とやれば面白いのに、と一瞬思ったけど、昨年の「ルーブル美術館展」も日テレ系だった。
クノップフは「愛撫」は前にも来たから、もしかしたら恩田陸「ライオンハート」の扉絵の一つ、「メモリー」が来るかも。ついでに、マグリットが「光の帝国」だと完璧(マグリットなら沢山有るから、わざわざ「光の帝国」は貸してくれないだろうが)。
ともあれ、マスメディア主催、しかも西洋美術館での展覧会で、フランドル絵画の知名度が上がれば、今後、フランドルの画家の展覧会が開催され易くなるかも、というのがこの展覧会について最も期待するところ。ややマイナーな画家の単独展とか、逆に(無理だとは思うけど)、ファン・アイクの作品が来たりするようにならないかなと。
ちなみに、3年前に現地で見た日の旅行記。19世紀絵画のフロアーが閉鎖されていたんだっけ。