空の蒼さを 見つめていると


2004年1月

1/30

 今日もアンケート物だけ。「あなたのお気に入りハヤカワFT文庫」で選んだ10作品。

FT026「ゲイルズバーグの春を愛す」 ジャック・フィニイ(80)
FT035「北風のうしろの国」 ジョージ・マクドナルド(81)
FT085「プリンセス・ブライド」 ウィリアム・ゴールドマン(86)
FT092《魔法の歌》3巻 R・A・マカヴォイ(86-87)
FT113「黒龍とお茶を」 R・A・マカヴォイ(88)
FT123「ホムンクルス」 ジェイムズ・P・ブレイロック(89)
FT126「帝国の娘」上下 レイモンド・E・フィースト&ワーツ(89)
FT131「リバイアサン」 ジェイムズ・P・ブレイロック(89)
FT188《ナズュレットの書》2巻 R・A・マカヴォイ(93-94)
FT308「鳥姫伝」 バリー・ヒューガート(02)

 いかにもFT、という感じのファンタジーは、実は余り好きではないので、(必要以上に)食わず嫌いで通してきてしまった感のある文庫。したがって、並べてみたのも、FT本来のラインナップからは微妙に外れている気がしないでも。

 というか、何故、R・A・マカヴォイばかり? こういう場合、1人1作品というのが暗黙のお約束だよな、と思いつつ、今回選んでみて、私にとってのハヤカワFTの意義とは、マカヴォイを出したことに尽きる、と 初めて気付いた。だから、FTに求めることといえば、勿論、「ナズュレットの書」の続巻の刊行。今からでも決して遅くはないので。

 

1/27

 石堂藍「ファンタジー・ブックガイド」(国書刊行会)をパラパラと読んでいる最中。

 この手のガイドは割と食傷気味、という印象が有ったのだけど、これは良いです。既読の作品については深く納得し、未読の作品は探し出しても読みたくなる、正しい「ブックガイド」。

 例えば、ダイアナ・ウィン・ジョーンズについてのページの末尾とか。「ほかに<ハウルの動く城>や<ダークホルム>などがある。どちらもおもしろいが、特に前者はジブリによってアニメ化されてイメージがぶち壊される前に是非読んで欲しい。」  あはははは。

 …とそれだけ紹介すると、毒舌だけかと誤解されそうなので、佐藤さとるの「ジュンと秘密の友だち」への愛着を語った文章も紹介しておきたい。

 「佐藤さとるにはたくさんの作品があり、どれを読んでもおもしろいのだが、私はこの作品が大好きだ。…略… そして私は、これが変則的な輪廻の物語であることも気に入っている。ラストはいつ読んでも泣ける。泣きたいのなら、この話である。」 その通りだ。と子供の頃、あの作品を読んだことのある人なら誰でも肯くに違いない。

 

 ということで、有里さん作成の「ファンタジーブックガイド掲載書籍リスト」での既読度チェックの結果。メイン134作品中、既読は40作品。

 わ、少ないな… でも、それは、このジャンルにまだまだ読むべき本があるということで。とりあえず、本棚の隅で、永いこと積読状態になっているピーター・S・ビーグル3作品辺りから手を付けてみることにしようかしらん。

 

1/25

Art もうひとつの現代展  神奈川県立近代美術館葉山館 2003.10.11〜2004.1.25

 最終日になったのは、海が青く見える晴れた日でないと価値半減の立地だから。その点で、冬の澄み切った青空の今日は、富士山もよく見える申し分のない天気だった。

 近隣地元民の私から見ても、葉山は「陸の孤島」というべき場所で、所々、一車線しか無い(すれ違うことさえ出来ない!)海岸の道路は夏の休日の夕方ともなると、渋滞で全く動かなくなる。そんな不便極まりない所に、どうして新館をわざわざ造ったのか理解し難いが、広い展示場所が欲しいという美術館の欲求に、様々な大人の事情が組み合わさって出来たことは推測出来る。大体、葉山の施設とは、湘南国際村とか 、大人の事情で強引に作られたものばかりだし。

 僻地にあるだけあって、展示室の一つ一つは広い。今回の「もうひとつの現代展」は、所蔵作品で、現代美術の今までの「動き」を改めて紹介する、近代美術館の基本に立ち返った企画であると同時に、葉山館のお披露目が目的。「ここでは天井の高さに着目していただきたい」といった自慢げ?な説明書きに、大きな部屋を与えられた学芸員が嬉しくて仕方ない、といった様が微笑ましかった。

 印象的だったのは、それこそ大きな展示作品の一つで、中川幸夫の「魔の山」。チューリップの花弁を山のように積み上げた巨大な写真。

 ところで、これだけの敷地を使っておきながら平屋建てなのにはがっかり。環境に配慮したとか大人の事情はあるのだろうけど、それなら、こんな海辺に建てなきゃ良いわけで。展示のボリュームが少なくともこの2倍は無いと、運営理念でいう 『「世界」から来た美術愛好家』を納得させられないのでは?

 と不満を述べてはみたものの、近所の住人としては、図書室は今後、割と使えるかも、と期待。サイト上で蔵書の検索も出来るようだし。

 参考までに、美術館への行き方。JR逗子駅前で、3番のバス停から「海岸回り葉山行き」(3番はほぼ全て「葉山行き」だけど、葉山に行かないバスもあるので注意)のバスに乗 り「三ケ丘」で下車すれば美術館は目の前。ただし、一つ前が「三ヶ下海岸」なので「3」だけをうろ覚えにして乗ると焦ります(←経験談)。

 今日は天気が良いので帰りは逗子まで歩いてみる。狭い所では歩道すら無いのでお薦めは出来ませんが。途中、ラ・マーレ・ド・茶屋の喫茶店で休憩して。……何故、紅茶のミルクを温めて出す!? せっかくケーキが美味しい店なのに、二度と入る気がしなくなった… という時間を除いて、50分位。う〜ん、歩くよりはバスの方がやっぱりマシか。普段の季節なら。

 

 来週からのBSでの「うる星やつら」再放送って、最後までやるつもりなんだろうか。週一ペースだと、4年半位掛かるけど。さすがにそこまでは付き合えそうもない。というか、「4年半後にも毎週欠かさず「うる星」の再放送を見ている自分」を想像してみると、それはかなり嫌な気が(^^;; 30年後に見るのなら、それはそれで有りかも、という気もするのだけど。

 CD。折笠富美子「Lune」。「声優としての折笠富美子」は、パシフィカとか庶民的な?キャラに関しては非常に好きなのだけど、購入してみたのは、あくまでも上野洋子produceという観点から。聴いてみると。…う〜ん、今二つか三つのような。声に力がないので、全体に寝惚けた感じ。「光さす、希望の彼方へ」という曲は、「ZABADAK」以来の「上野洋子らしい」曲調で良かったけれど。

 

1/24

 青木富雄<突貫小僧>氏が亡くなってしまったのか…

 

 先日のドラマ愛の歌。第2回と第3回を見たところ、確かに、旧華頂侯爵別邸(ただし、室内は、基本的にはセットor別の場所)。山寺宏一が1階のテラスでハーモニカを吹いていたり。あの変なお地蔵みたいな像も出てきた。色々とばれてしまうからか、広い庭は写さないようにしていたけど。

 私が見たロケは、物語の冒頭部分、洋館に引っ越してくる場面だったらしく、見た中に無かったのが、やや残念。あの子供は高橋愛の弟役だったらしい。「ミニモニで」という割に、辻も加護も出て来ないと思ったら、出てくる話も時代も別々なのか。

 

Novel 夏目漱石 「それから  岩波文庫

 素朴な文章の「三四郎」から一転、いきなり華やかな近代小説の最前線に躍り出た、という感じのその変貌振りにまずは驚く。

 描かれる風俗も当時の有産市民の日常。シルクハットで園遊会とか、今以上に「ハイカラ」。一方、父の世代が「御一新」前に、斬ったり斬られたりした話が当たり前のように出てくる辺りのギャップに、いつの時代の話なんだ、と思ってしまうが、明治とは「そういう時代」だったのだろう。

 花の描写の多さが尋常でない小説。自宅だけでも、八重の椿、アマランスの赤い弁、真っ白な鈴蘭、薔薇の花、柘榴の花、秋草。中でも、物語の象徴的なイメージとなる白い百合の香りの描写には、むせ返るほどクラクラする。鈴蘭の鉢の水を三千代が飲んでしまうところも凄い。

 色彩。安寧な緑の生活→有名な最終ページの「しまいには世の中が真っ赤になった」。

 「好くってよ」「知らないわ」。当時の女学生言葉。今、漱石が生きていたら、やはり、渋谷センター街の女子中高生言葉を使って小説を書くのだろうか。

 「金を借りる」ことが、「三四郎」とは裏返しの関係。というか、ここからいよいよ、金銭問題が人間関係を軋ませる漱石お馴染みの展開に。

 「高等遊民」(文中では「遊民」)。十代の頃、この小説で初めて覚えた言葉。そういうのも有りなのか、と人生を勘違いして今に至る。いや、まぁ、働いてはいますが…

 主人公代助のナルシズム。森田芳光の「それから」は映画としての出来はともかく、松田優作のキャスティングは(観た当時は違和感が強かったけど)確かに合っていたような。とはいえ、最も松田優作のナルシズムが感じられる作品といえば、監督・主演した「ア・ホーマンス」。あれも観た当時は、腹が立ったものだが…

 そういえば、映画「それから」にも、洋館として旧華頂侯爵別邸が使われていた筈。あちらの方は映画だけ有って、いかにもそれらしく撮っていた覚えがあるけど。

 

 読んだのが一月前でもう忘れていた、ということもあるけど、「それから」についてはどうも書きづらくて今週後半の更新が止まっていた。一言で言えば、「苦手」な小説なのかも。

 

1/22

 イアン・マッケラン老の話は、その前の録画設定の削除を忘れたために、時間不足で録れていなかった…

 

1/21

 あ、今夜は「R.O.D」が無いのか。じゃあ、その代わりに「イアン・マッケラン自らを語る」を録っておくことにしよう。

 

 ラピュタ阿佐ヶ谷で現在開催中の「唄って!踊って!音楽映画大全」

 うっとり。こういうのって良いですよねぇ。「鴛鴦歌合戦」や「ああ爆弾」「真田風雲録」「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」といった昔観た作品も含め、暇なら通い詰めたいところだけど。中央線沿線って、私の生活圏からだと微妙に遠いのがネック… 残念ながら、今の状況だと行けそうにない。

 ちなみに、「歌合戦」映画の傑作としては「旅芸人の記録」は外せない、と個人的には思っていたりするのだけど、こういう企画なら、入れない方が、まぁ無難というものだろう。

 CD。伊藤真澄「夢降る森へ」。

 

1/20

 昨年、旧華頂侯爵別邸でNHKがドラマのロケ撮影をしていたについて、1月から放送中の「ドラマ愛の歌」の中に、別邸らしい建物が出てきました、との情報を頂いた。第2回のあらすじは、「洋館」「おばけ」と、なるほど、それっぽい。

 いや、恐らく「ドラマ愛の歌」辺りだろうとは予想はしていたけど。庭に置いてあったお地蔵さん風の妖怪フィギュアと「ミニモニ。でブレーメンの音楽隊」という謎のタイトルが余りにも結び付かなくて。とりあえず、週末に第2回の再放送を見てみようかと。まぁ、実際に使っていたから何?といわれても、別にそれだけの話なのだけど…

 それにしても「ドラマ愛の歌」といえば、何と言っても、昨年春の「パパ・トールド・ミー」の悪夢。

 あれはもう国民の総意で「無かったこと」にされている、とばかり思っていたが、今月の「Papa told me」の最新刊を見ると、「テレビドラマ原作の最新刊」の帯が。今さら何故? せっかく、人が忘れ掛けていたというのに…

 Comics。うがわ☆ひろき「広島テキヤ一家」4巻。

 

1/19

Art 田中一村展  そごう美術館 2004.1.2〜2004.1.25

 空いている状態で見ようと月曜の夜に行ったのだけど、果たしてガラガラ 。逆に勿体ない!と思ってしまった。

 後半生の奄美時代の絵が(今では)余りにも有名な画家。奄美の風景に出逢って、あの画風を築き上げたのだろうと何となく思い込んでいたが、今回、若い頃の作品から通して眺めてみて、昔から、基本的に変わってないじゃん、ということを知った。後でも触れるが、独特の、奥行きのない平面的な画面なのだ。

 しかし、奄美の絵はそれまで(千葉で描いていた頃等)と、やっていることは基本的には同じなのに、受ける印象は全然違う、というのもまた確か。

 千葉時代の絵は限られた人にしか受けなかったと思うのだが、奄美の絵は誰にでも一目でその凄さが分かる。言ってみれば、大滝詠一の「NIAGARA CALENDAR」と「A LONG VACATION」の違い? …その例えで、分かり易くなった人がどれ位いるのかは不明だけど。

 中でも、奄美の社のシリーズを集めた部屋は(複製も含めて)、異世界に入り込んでしまったような魅力に満ちていた。濃厚な静寂さ、という感じの不思議な空気。

 複製といえば、今回の展覧会について、一部、複製を展示していることへの異論もあったようだが、今では一村の絵が、奄美の重要な観光資源であることを考えれば、全部来ないのはむしろ当然のこと。複製も含めて、その世界を紹介しようとする姿勢こそ評価したい。複製の出来も決して悪くは無かった(遠目でぱっと見ただけでは分からない位)。但し、近くで見ると、岩絵の具を丹念に載せた細密さが生み出す本物の力が複製の絵には無いのが明白で、一村の絵の魅力がどこにあるのかを知る比較材料にもなっていた。

 

 それにしても、田中一村と伊藤若沖の絵は似ている、と今回、改めて思った。独創的な意見、というよりは「誰でも思うこと」だと思う(Amazonだって、そう言っている) 。つまり、その特徴とは。「奥行きを凝縮したような平面的な画面。前面に植物の葉や幹を大胆に被せ、中景には、ポイントとして鳥を細密に描く。奥は山のシルエットで塞ぐか、空として何も描かない。」

 まるで、若冲の「動植綵絵」の世界。勿論、一村が若冲を意識して描いている、というわけではなくて、似たような画面を好む画家が二人いるということなのだが、基本的には奥行きのある画面こそ気持ち良く感じる私は、こういう風に描くことは自分では出来ないし、どうして「世界」がこのように奥行き無く見える人がいるのか、と不思議でしょうがないのだ。

 似たような画面で知られるアンリ・ルソーの場合は、熱帯植物園(背景の山などは存在しない)が元ネタだったことも大きいようなのだけど、一村と若冲の場合は、何故? 両者のもう一つの共通点が(細密でないと上手く描けない題材である)鳥を描くのが上手いこと、であるように、凝縮した視線を持つタイプの画家はその分、ピントの合う範囲が極めて狭くなるということなのだろうか…

 

 

1/18

 年末で私の中の小津月間が終わったので(書籍では)、漱石を読み始めた。というか、それまでの漱石月間に戻った。 (ディケンズの方は休止中)

 どうせ読み直すなら、きちんと読み込めば良いようなものだが、帰宅途上の電車で、(いつもと同様)ぼーっと読み流しているだけなので、感想を言えるほどのことは特にない。内容は改めて書くまでも無く、誰もが知っているだろうし。とはいえ、読みながら思い付いたこと位は、メモとして残しておこうかと。どうでも良いことばかりですが。

 

Novel 夏目漱石 「三四郎  岩波文庫

 「轢死」。野々宮の下宿で三四郎が「聞く」。昨年の「鉄道と絵画」展でも言及されていた「鉄道」と「死」を結び付ける(19世紀の)世紀末的な思想の影響が多少有るのだろうか? 「轢死」を題材にした小説の文学史というものを構想してみると面白いかも(陰鬱なアンソロジーとかになりそうだが)。もっとも、とっさに他に思い付くものは、「ディケンズ短編集」(岩波文庫)内の「信号手」位 。

 「ライスカレー」。三四郎が本郷の「淀見軒」で食べていた。百年前は「ライスカレー」。その後、「ライスカレー」が「カレーライス」に替わっていく過程はまた諸説あるらしい。

 「菊人形展」。登場人物達が連れだって出掛けるイベント。ここだけは時代色が濃いと思った。まぁ、枚方公園は「ひらパー」に変貌した今でも、菊人形展を続けているらしいけど。

 「われは我が愆を知る。我が罪は常に我が前にあり」。美禰子の最後の台詞。詩編からの引用、というのはともかく。この別れのシーンは特に映像的。個人的には冬目景が描くとピッタリではないかと。最近の、ではなくて、「ZERO」から「羊」の最初の頃まで、要するに初期の寒々とした感じで。…ええと。分かる人だけ分かってくれれば良いです。

 

1/17

 一日中、降り続いているだけあって、さすがに寒い。今のところ、積もってはいませんが。

 今週は更新が少し途絶えていました。2時間の「メトロポリタン美術館」を3話も見た位なので、有る意味、時間はいつも以上にあったのだけど、逆に、書く余裕が無くなってしまった というか。週末にその分、何とかしようとすると、結果的に文章が長くなるという… 簡潔に書くためには、毎日書かないと駄目なんだろうな。

 そんなわけで、とりあえず、今日はここまで。と思ったのだけど、一点だけ追加。

 先ほど気付いたのだが、今日の24時5分から外国人監督のインタビュー集「小津と語る」を、45分からヴェンダースの「東京画」 をBS2で放送するらしい。DVD全集に全長版が収録されている前者はともかく、後者はもう一度観たいと思っていた作品。忘れずに録っておかなくては。それにしても、NHKはなぜ両作品を特集ページで告知しないのか理解出来ない。

 

1/15

 BShiでの「シリーズ メトロポリタン美術館」の第4回「美の殿堂の舞台裏」。(3回目は見てません)

 

 私企業としてのMETの話。コレクションの9/10は寄贈で入手したものだが、1/10は寄付金を元に購入している。…って、結局、全部、他人の金なのでは?

 富裕な企業や個人から寄付や投資を得るための50人に上る営業部隊や、目玉となる展覧会を打ち続けるヒットメーカーの学芸員など、いわば「やり手」の美術館の横顔が紹介されていた。パーティを館内で開いては1回に5千万円集めるとか、ある理事は(理事になるには、数億円の寄付が必要らしい)その人脈で、 1人で70億円の寄付を集めたとか。

 日本では同じことがなぜ不可能か、というと、何よりもまず税制の違いなのだろうけど。でも、寄付で運営しようにも、そんな大富豪自体がそうそういないよな…

 ところで、寄付をする人に理由を聞くと、世界一の美術館だからと皆、何の疑いもなく言い切る辺りは、やはりアメリカ人だ、と思った。最初は西欧文化に対するコンプレックスから始まったコレクションが、自分達の力の象徴として機能し始めると、あとは沢山集めた方が偉いと単純に思い込む その国民性は、他国民から見れば、ある意味、羨ましくもあり、それ以上に、はた迷惑でもあり。恐らく、世界中の重要な美術品は全てMETの館内にある、というのが彼らの理想なのだろう。

 それにしても、聞けば聞くほど、この美術館の運営は極めてバブル時代的。要するに、観客動員を上げるため、どんどん規模を拡大し、規模を拡大するため、どんどん支出が増大し、それを支えるために、さらに観客動員を上げる必要が生じ… 前館長の時代に予算が45倍になったらしいが、今後もインフレを続けることでしか、成り立たない経営。

 ……このままでは、いつか破綻するだろう、と思うのだが。まぁ、いざとなったら、売るモノなら何万点とあるわけで、何とでもなりそうだけど。

 

1/14

  六本木までは、遠くない、というより実はかなり近いのだけど、心理的な距離では非常に遠いところ。会期終了の今週まで、ずるずる先延ばしになっていた。

 

Art ハピネス アートに見る幸福への鍵  森美術館 2003.10.18〜2004.1.18

 開館企画展に相応しく、気合いが入っているのは確かだったけど。見てハピネスになる、というより、この居心地の悪さは何なんだろう、と考え込んでしまう展覧会。

 より自由にアートを眺める補助線として4つのテーマが設定されたのは分かるが、実際には「分からない人は置いていきますよ〜」みたいな印象。館長(とキュレーター)の個人的な美術観として打ち出されていれば、もっと楽しめたのではないかという気がするけど、他人の価値観を、客観的な正解として上から押し付けられているような不快さがどうも抜けな かった。しかも、その価値観が説明不足でよく分からないというのが、また問題で。

 「現代アートの展示は格好良くて、しかもビジネスになる」(筈だ)という「六本木ヒルズの価値観」なら、よく分かりましたが。でも、その代表が村上隆というのでは…

 展示作品の中には何故か、ジガ・ヴェルトフやレニ・リーフェンシュタール、ルネ・クレールらの作品(の一部分)の上映が含まれていたりと、映画好きには意外なお得感もあったのだけど、余りに恣意的な選択で、展覧会としてはどうなのかと思ったりも。

 まぁ、今回の目的は若冲だけで、あとは割とどうでも良かったのが正直なところ。ただ、冒頭のターナーにはちょっと驚いた。

 これって、J.G.フレイザーの「金枝篇」に登場するあの絵? もっとも、私は曾野綾子の「太郎物語」経由で「誰かターナー描く…を知らぬ者があろうか」とかいう文章(岩波文庫版?)を知っているだけで、実際には読んだことないですが。ちくま学芸文庫版の解説(「安楽椅子探偵モノ」として読めば滅法面白い)に、かなり背中を押されてはいるのだけど、(今から見れば)怪しげな知識が変に付くのも却って困る気がして。

 …何の話だっけ。最初に書いたように、六本木が「遠い」上に、これからも来たい美術館には思えなかったので、余程のものが展示されない限り、これきりかと。夜景も見たし。少なくとも、草間彌生の水玉空間にうなされるため、とかだけでは、とても行く気になれないなぁ。

 

1/13

 BShiでの「シリーズ メトロポリタン美術館」の第2回「華麗なるコレクター群像〜アメリカを創った大富豪たち〜」。

 

 5点のフェルメールを寄贈した5人の大富豪を中心に、別館クロイスターズを建てたロックフェラーJr.等、寄贈で、美術館を世界的な大コレクションにした大富豪達の物語。

 ヨーロッパの王室コレクションと違い、アメリカの場合、大富豪が名画を買い集めたから、コレクションが生まれたわけで、つまり、富の偏差 があるところでしか美は蓄積されないということ。ではその富がどうして築かれたかというと、当時はトラスト全盛時代で、フランク・キャプラの映画に出てくるような悪徳資本家のやり口を更に 派手にした独占販売が大手を振るった結果、一握りの者が莫大な富を気付いた、ということに尽きる。

 もっとも、成り上がりの鉄道富豪の夫妻が、社交界で相手にされず、虚栄心を満足させるために絵画のコレクションに没頭した話とか、よそから見ると、莫大な富が必ずしも幸福に結び付いたわけでもない様子。特に、財産管理の重圧から、始終、偏頭痛に悩まされていたロックフェラーJr.が精神の安寧を求めて、あの大恐慌時代に、莫大な金を掛けて、スペイン北部にあったロマネスク教会等を移築して別館を建設する辺りの話はいかにも皮肉。ロマネスク教会だから、一見、見た目は非常に質素というのがまた何とも…

 面白かったのは、コレクションを寄贈した大富豪については、『「古典美術コレクター」研究家』が登場して説明し、ロックフェラーJr.については(孫も登場したけど)『「ロックフェラー家」研究家』なる者がまた登場して説明したこと。世の中、何に 関しても「〜研究家」がいるものなのですね…

 ともあれ、メトロポリタン美術館は彼らからの寄贈で大きくなったわけで、結論としては、一番儲けたのは美術館、ということか(身も蓋もないが)。

 

1/12

 1月の日記を読み返してみたら、毎日だらだらと長いので、もう少し簡潔にしようと努力するが、余り変わらず。簡潔に文章を書く能力が年々失われていく気がする…

 

 BShiで「シリーズ メトロポリタン美術館」の第1回「第1回 早回りガイド巨大美術館の至宝 17部門ベスト3づくし」を見る。

 17部門の学芸員が、部門毎のベスト3を(自分の趣味で)薦める、という企画(メットの場合、学芸員は部門毎の担当に別れていて、プロフェッサーフジタのような何でも屋は実際には有り得ないようだ)。氷山の一角どころか 一点という感じだけど、それでも54点を紹介するのに、2時間掛かった。

 で、それら個々の作品もさることながら、美術館それ自体の建て増しの歴史(フランク・ロイド・ライトの別荘を中に移築するとか、エジプトから譲り受けた神殿を現地と同じ角度で太陽が指すように移築するとか、ピレネー山脈にあったロマネスク教会を 別館に移築するとか…)が、非常に興味深かった。

 美術館の建て増しは、実はただ一つの設計事務所が全て担当してきたとのことで、その事務所の人が増築のコンセプトを説明する箇所もあった。昔は幾つもの美術館が集まったような(四角形の枠みたいな形の)建物だったので、増設時に、中心ホールから放射線状に広がる形にして、行きたいテーマの展示に直接行けるように、 つまり、入場者が自らの意思で主体的に見学出来るようにしたのだそうだ。

 そういえば、上野の国立博物館って、メトロポリタン美術館の改築前の建物と全く同じ構造だな…

 未だに行ったことがない私としては、昔刷り込まれた大貫妙子の「メトロポリタン美術館」のイメージが今も残っていて、夜に冷えるという歌詞から、大理石の昔風の博物館という 印象だったけど、現実は採光も良く、明るく開放的な施設らしい。ついでに、大貫妙子といえば、この番組と関係があるのかは不明だが、今週、NHKに出演予定

  comics。少し落ち着いてきたので、昨年後半以降、未読かパラパラとしか読む暇の無かったものを少しずつ消化しようかと。森薫「エマ」3巻。

 

1/11

 昨日の続き。

Art 川合玉堂展  銀座松屋 2003.12.30〜2004.1.19

 三越の加山又造展と違い、50余点と、それなりの「展覧会」。だけど、デパートの催場で1,200円は、ちょっと高い気が…

 川合玉堂といえば、奥多摩の四季を繊細に描いた風景画家というイメージが一般的だけど、以前、大倉集古館で「奔潭」という極めてダイナミックな屏風絵に衝撃を受けて以来、そういう「力強い」玉堂をもっと見たいと思うようになった。 そういう意味では、今回の回顧展は、絶好の機会。

 一通り見てみると、思った通り、一番意欲的なのは大正時代、円熟した作品では昭和十年代前半。戦後はやはり、戦前と比べると勢いが落ちる。時代的なものかと最初思ったが、会場の年譜によると、大正時代が40〜50台、昭和10年代が60台前半なので、 単に、玉堂が画家として一番脂の載った時期だっただけなのかも。

 とにかく、大正時代の玉堂は力が漲っていて、楽しい。例えば、金屏風に描いた「紅白梅」。光琳ら名だたる紅白梅図と並べても引けを取らない、充実した画面だった。

 昭和十年代前半の、画面の隅々まで神経の行き届いた作品群も素晴らしい。典型的な、戦前の薄塗り日本画(最初に線ありき)なので、今は全然流行らないらしいけど。…あ、でも今、回顧展が開かれているということは。ぐるぐる一周して、こういう絵の出番がまた来たということ?(^^;;

 

 気に入った作品の絵葉書を幾つか買ってきて、親に見せたところ、その中の「峰の夕」は、昔、家族でよく利用した、箱根の保養所にあった絵だとのこと。しかも、保養所には複製は飾ってなかったそうなので、その絵そのものだという。小学生の頃の話なので、そう言われても、全然記憶にないのだが。

 勿論、早春の山肌を夕日が薄く染める瞬間を繊細に捉えた良い絵なのは間違いない。しかし、この絵が特に気に入ったのは、それ以上に無意識の記憶が影響しているのかもしれない、と思うと、何だか不安になる。私の自立的な判断(だと思っているもの)が、実は思い出せない過去の体験の結果でしかないとしたら…?

 

 1階下では、何故か、全国の注連縄をコーナー展示中(1/26まで)。監修は杉浦康平。って、有名なデザイナーの? そういう人でもあったのか。まぁ、わざわざ見に行くほどでも無いが、その手の趣味の人は、銀座まで来たら、ちょっと寄ってみても良いかも。

 

Art 漂着物考 展−浜辺のミュージアム−  INAXギャラリー1 2003.12.1〜2004.2.21

 海岸に流れ着いた漂着物の展示。会場は狭いが、様々な示唆をくれる興味深い内容。使い捨てライターの名前から、原産地を分析するとか。でも単純に、最も驚きな展示品は、やっぱり、箱に入ったダイヤの指輪。大きなものではないけど、まつわるドラマを色々想像してしまう。

 砂浜とダイヤの指輪といえば、昔、映画館で掛かるダイヤモンドのCMで、砂浜に来ていたカップルの内、女の方が、座り込んだ砂浜から偶然にもダイヤの指輪を発見し、「ねえ、凄いよ!」と男に見せると、男が横を向いて「当たり前だろ」という(つまり、言うまでもないが、一応説明すると、男がプロポーズのために先に砂浜に隠しておいて、女に発見させたという設定で、女「そういうこと?」男「そういうことだよ」と続く)内容のものがあって、思わず、CMの制作者に五寸釘を打ち込みたくなったことを今でも覚えているのだが、まさか似たようなことをやった挙げ句、場所が分からなくなったというわけでは…

 むしろ、海岸まで来たものの、プロポーズの直前に、用意していた指輪が無駄だと知って、こんなもの…と箱ごと海に力一杯投げ込んだに違いない。と妄想に走ってみたりするのが、漂着物の正しい楽しみ方なのだろう、きっと。

 展示物の中で、もう一つ驚いたのは、ウチの近所の海岸だけ、馬の歯が多く見付かるという話。歴史的な事情を考えれば、なるほどな、という感じ。

 よし、この際、私も「漂着物学会」に入会して、馬の歯を始めとして色々拾ってみよう。と、一瞬盛り上がるが、この手のものって、「早起きは三文の得」という奴で、基本的には朝早く海岸に出ないといけないのだった。嵐の後の日とかに。そんなの、リタイアした老人か、村上春樹の小説の登場人物みたいな世捨て人じゃなきゃ無理だって。

 少なくとも、油断すると昼近くまで寝ているような私には、とても無理無理。

 

1/10

 とある電話で起こされる。せっかくの安眠を乱すとは、なんて非常識な…と思うが、時計を見たら昼の12時前。非常識なのは私の方だった? 起きてきても、風邪気味なのか、ぼーっと眠かったので、部屋でじっとしていようかと考えたが、このままでは3連休とも引き籠もって何も成さずに終わってしまいそうなので、思い切って外出、出光美術館、INAXギャラリー、銀座松屋の展覧会を見て回る。とりあえず、一つだけ感想を記入。

 

Art 最後の文人 鉄斎  出光美術館 2003.1.10〜2004.3.7

 富岡鉄斎の描いた数々の富士山を中心にした展覧会。見ていて久々に、魂(ゴースト?)が震えました。凄いわ、これは。

 富士山といえば、日本画の定番中の定番だけど、あの通俗極まりない横山大観を筆頭に、ほとんど感心出来た試しがないそれら秀麗な霊峰不二とは全く違う、空前絶後と言って良い、異様な富士山 。

 その凄さが何によるかは、にわかに判断が付かなくて、というのも、神道的な信仰(鉄斎は神官)、絵画表現の伝統(過去の絵の構図を活用)、実感の反映(40歳で山頂まで登山)、そして深い教養(蔵書のために3階建ての書庫を建てた、もの凄い読者家)に基づく理想郷としてのイメージ、が渾然一体となった「塊」がそこにあるわけで、分かるのはただ、こんな絵はもう誰にも描けないということのみ。

 例えば、今日の「美の巨人たち」でも取り上げられていた「富士山図屏風」の左隻の富士山頂図。

 異様な迫力を持った山頂が緑色に描かれている。本来、富士山頂が緑の筈はないが、登山した鉄斎が知らないわけはなく、敢えて描いているのだろうが、実際に見ると、全然違和感がない。というのは、 多分、精神的な(理想郷としての)富士だから。しかし、そこには実際の登山の実感も加わっているため、現実感もある、という不思議さ。

 理想郷といえば、少し若い頃に描いた「攀嶽全景図」のゴツゴツした(ガラモンの凹凸のような)山頂の圧倒的なボリュームに、「十二国記」における黄海の中の蓬山をふと連想し たところ、隣の部屋に回ると、鉄斎の富士山はその後、蓬莱山のイメージに変化していったことが「蓬莱仙境図・武陵桃源図」を例に解説されていた。

 …え? 私の思い付きって、実は大正解? そういえば、今回の副題は、「富士山から蓬莱山へ」だった。鉄斎が見たアナザー・プラネットの風景という趣。

 会期は3月初旬までだけど、2/8までが前半、2/10からが後半で、「富士山図屏風」は前半のみ。後半のみ展示の、伊豆半島側からパノラマ的に描いた「富士遠望図」も見逃せないようなので、また来ないといけないらしい。埼玉県立近代美術館でも鉄斎展があるし。

 ところで、鉄斎といえば、元々は京都の人。京都の風景といえば、比叡山を抜きにしては成り立たない。なのに、鉄斎が比叡山を描いたという話は聞かない。実際にはあるのかもしれないが、少なくとも、富士への強い拘りと比べると、何故?という気が。もしかして、神官たる鉄斎の目から見たら、比叡山は坊主の山で、尊ぶには当たらない、ということだった ?

 あと、読書家・鉄斎といえば、干支に因んだのか80歳台に描いた猿の絵(猿が本を読んでいる絵)があった。で、その横に、『申でさへ文を開くというものを、人に生まれて読まであらめや』といった歌が書いてあったのには、笑った。DVD版「R.O.D」は、歴史上の偉人として、こういう人物こそ復活させるべきだったのでは? まぁ、鉄斎が「偉人」かというと、それはよく分からないけど…

 

1/9

 もっとも、「休学」の意味は学部によって違うらしく、私のいた学部では、4年間授業料を払うと、あとは4月から休学しても、試験のある月(2月)だけ復学すれば試験が受けられ(かつ合格すれば年間の単位が貰え)たという、今考えても、そんなんで良いのか不思議な制度が運用されていたので、他の5回生同様、私も、2月と3月(卒業するにはさすがに「いる」必要があった)の2ヶ月分しか払わなかった、というのが、実際のところだけど 。

 ちなみに、5回生という言い方も、もしかしたら、やや特殊なのかも。「回生」というのは多分、関西の大学に多い言い方だと思うが、4回生を過ぎた後も、毎年、回数が積み上がっていくという考えで、留年という のは概念自体存在しない。 その結果、8回生まで見掛ける社会なので、5回生くらいだとまだ折り返し地点を過ぎたばかり、みたいな感じで。

 

1/8

Novel  森見登美彦 「太陽の塔  新潮社

 結論から書いておけば、楽しんで読んだ一冊で、作者の才気と、嫌みのない文章には素直に感心した。それはそれとして。

 日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作。なのだけど、私からすれば、二重の意味で、「ファンタジー小説」とはとても言えないのだった。

 まず客観的に言って。ファンタジーというには、日常を異化する強度が全然足らない。特に、叡山電車の使い方はいかにも安直。と元田中駅前の踏切に実際に立ったことのある者なら誰でも思うのでは? 大学生の妄想というより、小学生の空想レベル。

 文学賞は所詮、ある小説を社会に普及せしめるための装置なのだから、この場合、ファンタジーでなかろうと、面白い小説だから受賞させた、のなら分かる。しかし、審査員の評を読むと、 トーンの違いはあるものの、ほぼ皆、真面目にファンタジーとして高く評価したらしい。えー? 「優秀賞」 がせいぜいでしょう?

 なぜ、これが大賞として選ばれたかと言えば。こういう小説(滝本竜彦とか)に対する審査員の無知蒙昧と、 登場人物である京都の学生の、時代から取り残されているような空気が、一般の人から見れば、ある種のファンタジーとして感じられたこと(それにしても、審査員らの「明治文学」とか「バンカラ」という褒め言葉?は無いだろう、と思った)、そして何よりも、作者自身がこれをファンタジーだと信じて応募したことが、結果として「幸運」な誤解を呼んだ、呼んでしまった。ということだと思う。

 もっとも、作者がファンタジーとして信じたこと、つまり、「ささやかな妄想で飛躍すれば、日常もファンタジーと呼び得るのだと思い付いたこと」こそ、確かに「作者にとって」最大のファンタジーだったのは想像に難くない。

 しかし、今の私の距離から振り返ると。この程度の飛躍では、元の日常と代わり映えがしないな、というのが実感。京都が非日常の「観光地」である「一般の人」と違って、出てくる 「〜通り」が全て思い描ける(多少、古くはなっているが)者には、描かれた風景も特に非日常的だったりはしないわけで。

 というわけで、別に驚くほどのファンタジーじゃないじゃん、と個人的に思ってしまったことについては、一つの事実を告白すれば、 それで充分かもしれない。つまり、かつての私もまた「休学中の5回生」ではあったのだという…

 今となってはそれほど思い出せないし、思い出す必要もない昔の話だけど。

 

1/6

 正月は気を付けていたつもりなのだけど、終わってみると、やはり体重が増えていて、ショック… 早く戻すべく、今週は「いつもより余計に」体を動かしています。

 

Art 加山又造展  日本橋三越 2003.12.27〜2004.1.12

 展覧会というには、小規模すぎるけど。招待券で入れるし、眼福というか、いかにも新春向きな、華麗な美しさ。

 加山又造の桜は良いよな、と思いつつ、凡庸な画家と何が違うのか眺めていて、屏風一杯の垂れ桜を、花弁を一枚一枚、薄い桜色の小さな和紙を貼り付けて描いていることに気付く。わ、几帳面。桜はやっぱり、細部まで手を抜いては駄目、ということみたい。気が短い私には無理 。

 雪月花や水墨の山、裸婦や猫。と代表的なモチーフが並んでいて、少ない割には見た気になれたのも良かった。ただし、水色の空を背景にした山(桜島や富士山)の絵という最近作は果たして力がなかった。大体、そんな富士山を描き始めた時点で、既に終わっている(^^;; 勿論、元気になって、さらに新たな画風を開拓することを願ってはいるけど。

 三越としては、(当然かもしれないが)出口の版画売り場の方が主目的だったような?

 加山又造なら木版画でも700千円はするわけで、売り上げとしては馬鹿にならない。例えば、売り場で一番高かったのは、定番の「牡丹と猫」のやや大きな木版画、2,800千円。しかし、それに既に「お買い上げ済」の札が付いていた辺り、さすが三越のお客様だわ、と妙に感心した。私も次に高い1,900千円の「雪月花」風の版画は買っても良いかとは思った。まぁ、一桁少なかったらの話だが…

 ところで、加山又造の描く猫(シャム猫?)はいつも青い目をしている。(モデルの)飼猫も本当に目が青かったらしい(今は飼っているのかは知らないが)。いかにも性格悪そうな、魚市場から取り寄せたばかりの新鮮な魚しか食べないわよ、みたいな猫なのだが、こうやって版画にすれば1枚2,000千円になるわけで、金の卵を産む雌鳥並み。いくら高い餌をやっても良いのかもしれない。ちなみに私は、この猫を見る度に、条件反射的に「あおい目のこねこ」を思い出してしまう。

 

 

 アートボンの 「チラシでわかる展覧会--pick up」で、田中一村展がそごう美術館で 現在、開催中なのを初めて知る。

 あの絵を久々に見る絶好のチャンス。これは行くしか。それにしても、東山魁夷の回顧展も横浜美術館で開催中なわけで、偶然とは言え、因縁を感じさせる…

 

1/4

 他の新聞でもそうかもしれないが、日経の夕刊の下面は、某旅行会社の広告で毎日、ほぼ埋め尽されている。

 この前、3回続けて現地でバスが横転する事故を起こして以来、ピタッと広告の出講が止まって驚いたが、昨夕、半月振りに、細かい文字でぎっしり詰め込んだ見開きの二面広告で復活した、と思うや否や、今日からは、すっかり元通り。

 どうやら、「自粛」は年内で止めたらしい。いや、事故なのだから、別に「自粛」する必要もなければ、復活するのも自由。

 しかし、原因と対策であるとか、その種の反省とか説明を何も示さず、暫くほとぼりを冷ましさえすれば良い、みたいな営業姿勢は日本的で、好きになれない。

 実際のところ、ここのツアーが過密日程なのは有名。猛スピードで追い越していくバスが有ったら、まず、この会社だ、という笑い話?まである位なので(というか、私もトルコで、実際に追い越された)、こうして事故が起きるのも、ある種の必然と言えなくもない。

 その日程が、低コスト(いわゆる「安かろう、…かろう」だが)を支えている以上、その値段で「申し込む方が悪い」のかもしれないが。安さに伴うリスク(バスが横転するかどうかはともかく)をきちんと説明しない「いかがわしさ」を、この会社の広告にはいつも感じる…

 

 実は、ここまでは単なる前振り。書こうと思ったのは、前者とは割と正反対の<少数限定だけど高め>のツアーが中心の旅行会社 。一度利用して以来、パンフレットが郵送されてくるのだが、最近送られてきた新春用パンフのイラン周遊のページを見ると、春からの新日程でバムへの訪問が追加された旨の宣伝が。

 そのページに踊っている『壮大なる「死の街バム」』とか、『外せない!死の街バムと喧噪のバザール』というコピーを見ると、150年前にうち棄てられ無人となって以来の通り名だったらしいとは言え、余りにも洒落になって無くて、うわーっ、としか言葉が出ない。メインの遺跡が消え失せた以上、さすがに、このツアーは中止だとは思うけど。

 

1/3

 というわけで、サイトを移転致しました。

 今回、一番悩んだのは、TOPページの存在意義だったのですが(日記しか更新していないサイトのTOPページに、何の意味が有るのかという…)、結局、煮え切らないまま、大体そのまま継続。逡巡したこともあって、簡素になったというか、一層、侘びしくなりましたが(^^;; (そんなわけで、TOPページのどうでも良い一言等は、とりあえず、今後も続けるつもり )

 

 昨日の続き、レピシエの福袋(クラシック、3,000円)の中身。全て50gの袋。()内の数字はレピシエの商品番号。

 単純な合計額では7,750円か。大体、2.5倍のお茶が入っているという話だったから、ちょうど合っているような(大当たりも有る、という話だけど、多分、違うと思う)。まぁ、自分では買わないお茶も多いけど(ルイボスティーは要らん)、飲む分には困らないので。

 一人で値段を稼いでいる、一番上のSTEINTHALのグレード、SFTGFOP1というのは、Special Finest Tippy Golden Flowery Orange Pekoeでかつ、その農園の同グレードでの最上級品、ということらしいのだけど、そんな大層なしろものなのか、さすがにその味が気になる。というか、早く飲んだ方が良いとは思うのだが、自分の日常でこれを飲むのに相応しい状況をにわかには思い付かない…

 

1/2

 現在、サイトの移転作業(準備)中。この際、サイトの構成を整理し直そうと、フォルダ構成やファイル名を大幅に変更。これで、かなり見易くなりました(私が)。

 まだ決めかねている部分もあるけど、とりあえず、明日には移転出来るのではないかと。中身は別に変わってないので、多分、見た目は何も変わりませんが。

 

 昨年の1月、名前だけ書いたら、検索する人が後を絶たなかった「レピシエの福袋」、今年ついに、初めて私も買いました(昨年買ったのは西利=漬け物の福袋だけだった)。

 中国茶とセットの5,000円の袋を買うつもりだったのだけど、昨日に続いて、今日も気分が至って低調なので、決心が付かず、結局、3000円のしかも、クラシックという一番無難な物にしてしまった弱々な私。フレーバーティーにチャレンジせずに、何のためのレピシエか、という気もしますが (でも、飲むのは自分だから)。

 中身は50gが14袋(とおまけの1缶)。量的には確かに福袋、かもしれない。昨年同様、気になる人もいるかもしれないので、銘柄は明日にでも書いてみます。

 

1/1

 年が明け、目を覚ましても、昨晩の「灰羽連盟」最終話の気分が、まだぼーっと続いていて。

 この前の画集をもう一度眺めながら余韻に浸っている内に、安倍吉俊の画集には定番のギャグ漫画が無いことにふと物足りなさを覚え(いや、この場合、有ったら台無しだけど)、「灰羽せいかつ日誌」や「essence」(と「オールドホーム」3冊)を読み返そうとして、…結局、大晦日すらしなかった部屋の掃除を始める羽目に。何をやっているんだか、元旦から。

 それにしても、一昨年よりもダメージが大きい、というのはやはり、今の自分がややダウナーな気分に陥っているからだと思われ、

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

 と、定型の挨拶をとりあえず書いてはみるものの、自分に対して、微かではあるけど無視出来ない「苛立ち」、それは突きつめれば様々なことへの「不安」、をいつも以上にはっきりと感じるという意味で、 「めでたい」どころか、微妙に憂鬱な、年の初めだったりする。静かになればなるほど、周りの音が騒音として認識される、みたいな感じ?

 

 …といったスタイル(芸風?)で今年は書いて行くのはどうかと。基本的には、日記上にはどんなことであれ、負の感情は余り出さないようにしようと思っているのだけど、このところ、そういった感情を余りにも削り過ぎて しまっている気がしないでもないので。まぁ、実際には、使い分けした方が良いと思うので、やるとしてもそちらは週記かな… 最近、書いていないけど。

 

 さて、突然ですが、ここで皆様へのお知らせ。

 近日中にサイトを移転します。今使用中のプロバイダは昨年、吸収合併されてしまい、ここ(←旧サイト)もあと2ヶ月の期限内で、いわば立ち退きを迫られている状態なので。

 というわけで、正月中(1/4まで)には移転する予定(移転先は多少考えたものの、結局、合併した方へそのままシフトという安易な選択)。本当はさくっと今日、移転するつもりだったけど、不慮の事故で全ファイル(200ファイル以上有った)に余計なことを書き込んでしまい、復旧作業で、死にそうな目に遭い、とてもそれどころじゃないので。