Scene 34 『妖女伝説』〜子供の頃の空想力をもう一度〜

 

 小学生の頃、帰り道に考え事をしながら歩く癖があり、そのほとんどは他愛もないものだったが、どうしたことか、大河ドラマのストーリーとでもいうものを思い付いたことが有る。話は言ってしまえば単純で、著名な「よげんしゃ(預言者と予言者の区別があることなど知る筈もない)」が輪廻転成していくというもの。

 一体何故そんなものを思い付いたかというと、世の中には多くの宗教が存在し、対立していることを知って、子供ながらに絶望し、もし、その全てが正しいとしたらと仮定してみたのではないかと思うのだが(「銀河鉄道の夜」的発想だ)、何分昔のことなのでよく覚えていない。

 ともあれ、昔の聖人はその時代に縛られた為に正確ではなかったが皆一つのことを言おうとしていたという訳だ。そして今までの最後の転生が、あのノストラダムスとなる。笑ってはいけない。あの頃は今よりも周りの世界は世紀末的であり、五島勉の新書がベストセラーだった。従って、多くの聖者の苦難の歴史の後に彼が存在し、そして最終章の1999年に最後の転生者が現れるという壮大な話を思い付いても不思議はなかった。

 しかし、歴史を強引に繋げるその考えに興奮はしたものの、当時の僕に自分でその話を書いたり、ましてやそれを何とかの科学にしたりすることは出来なかった。その後もアイディアを忘れた訳では無かったが、正直言って単純過ぎる月並みな考えのような気がして、誰にも言うこともなく今に至った。

 だから、星野之宣の「妖女伝説」を読んだ時は非常に驚いた。あれをこう抜け抜けとやっているとは。しかも、時代の各所に現れる「妖女」とは中学生からのもので、いわば彼のライフワークなのだという。何だかやられたという気がして非常に悔しいが、創作とはあの日の空想から出発している筈だということを思い出させてくれたような気もする。とにかく、彼は実現しているのだ。それならば、私も又、それを目指してみても良いのではないだろうか。